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#小説

Child Kingdom -Cheap Toy BOX-

Child Kingdom -Cheap Toy BOX-

child kingdom cheap toy Box
紙上の赤インキに過ぎないものに怯えていたあの頃、

身のうちに宿った神聖で無垢そのものの力で、木製の洗濯バサミを鰐にすることも可能だったあの頃、

やはり自分以外は硝子の眼玉ではなかったのだろうか。

その王国では、恒星の皇子様の居住地にもある素直な感情のニキビ噴出が認められ、

大勢の子羊達をただ、無粋な羊飼いの錆びた鋏で丸刈りにして、外界

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少年の抽斗

少年の抽斗

氷の魔物を手懐け、無下に手折られた一角獣の角のような、脆い構造を体現したカイロウドウケツの標本
海胆の化石
鬼胡桃を模した鉄の文鎮
硝子筒に入った仙人穀の実
プレパラートに磔にされた蚤の標本
焦げ目のあるサテン・バレェ・シューズ
細々とした茜の黒紫の実と
藁細工の細長い巻き貝

そんなものに混じってそれはあった
薔薇の青い枝を、久遠の時と共に閉じ込めた氷柱。
他人が見れば、乾燥させた枝を、樹脂で包

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殯の宮(もがりのみや)

殯の宮(もがりのみや)

黄土焼きのべんがらを塗りつけた、艷めく朱色の四柱に囲まれた寝台。
その寝台に、八重咲きの玫瑰が朝露の泪を堪える様で、丁重に寝かされているのは、姥太母。
姥太母は、大きく黒い体の、売り払えば農場主の懐を豊かにさせるほど丸々とした子を何匹も産んで、その一つ一つに同じぶん愛情を振り撒き、満福の腹を抱えて、優雅に午睡を貪る気高い母豚の眠りの底に居た。
姥太母の意識は起きていたけれども、どうしても瞼が言うこ

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卵顔の女

卵顔の女

卵顔の女を知っているか、いやいや、そうじゃないお前の生活圏三km以内の、鼠の縄張りよりも狭苦しい、ごく限られた世界にいる、のっぺりとした顔をなんとか化粧で立体的に誤魔化している、つまらない人間の女ではない。
おれが言っていることは、本当に卵の殻のかんばせをもった女のことだ。
なんでも、鶏卵と同じ成分の、炭酸カルシウムと諸々のもので作られた女の顔は、なうての占い師が、両手で念波を送り、運命の女神に少

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我楽多

我楽多

画鋲に集られた球根、鉄釘で作られた十字架、胡桃殻の形の緑柱石、李の子宝、焦げた紅茶染め紙のラベル、薔薇の花びらの金継ぎ跡、小禽の心臓、チューリップの瓶詰め蘂、鉛の呼び声、氷柱の中に囚われた青い枝、貝殻の欠伸、黒曜石の肌の聖母像の子宮、鼠の足跡が遊ぶパレット、蜘蛛の巣の礫、糸巻きの胡乱な穴、ビー玉の罅、三つ編み巻き毛の馬の尾、カタバミの涙、虹色の仙骨、古代魚の鰓、水晶の苔気泡、ネガの中にしか居ない天

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象牙滓

象牙滓

万魔街に、夕刻の赤い冥火が垂れ込んできて、いつもの様に、歯の量り売りがやって来た。
目が荒い上に、ところどころ破れ、襤褸同然の編み笠を被った年老いた盲の男の顔は、生きるのに絶望した鰐か、先の尖った顔の昆虫を思わせた。
天秤棒の左右に下げられた底の浅い笊には、様々な形の歯がぎっしりと積められている。
盲の男は、骨の上に申し訳程度に肉付けされ、皮がそれを何とかつなぎ止めている細い足で歩くので、よろめく

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夜会主義者

夜会主義者

夏至の日、窓枠の額縁に嵌められた黄昏〈トワイライト〉が、蕩けた琥珀蜜の色から、熟れすぎていよいよ腐る一歩手前の果実の色を通り過ぎ、燻る煙の向こうの緋色に変る時、それが現と夢の境、明の幽のあわいに立つもの達の夜会の合図。
ある者は釣鐘草の、ある者はカンパニュラの、ある者は蛍袋の、ある者はイワシャジンの形の、中心から自ら光を放つ花を手に持つ。
筋脈が見えるほどの薄い花びらの中に、螢蟲をしまい込んだ行灯

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鳩の塔

鳩の塔

濁った色の水晶に似た、石華石膏をくり抜いて作られた、巨大な鳩の塔。
金魚の隠れ家をそのまま大きくしたような、海底に沈む人魚の海泡石の城に似て、栄螺(さざえ)状の石の塔は、足元から頭の先に至るまで、各階に鳩達の出入りのための窓が、虫に食い潰された貝殻がましに見えるほど、無数に空いていた。
窓には、鳩達とそれを世話する役目の人間の足場が、巻貝の棘のように伸びていた。
その棘の足場だけでなく、塔の内部の

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金魚の鰭

金魚の鰭

私は、花も恥じらう乙女として恥ずかしいくらいの汗をかく。あがりやすく、赤面症もあって、顔が赤くなりやすい。
友人に言わせると、この時期少しでも体を動かした後の私の顔は、砂浜に打ち上げられて、情けなく口をぱくぱくするだけの、体は濡れているが、生命は干からびかけている魚らしい。
それで、あの時はたまたま部活の走り込みで、子供でもないというのに盛大に転んでしまい、私は教師と先輩方に許可を貰って、誰もいな

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上海水蜜

上海水蜜

桃膠〈 とうきょう〉というものがある。
桃の花が咲く頃になると、その柔らかな花が可愛らしい孫娘だとして、訝しい祖父のように見える幹肌に、鈴なりの琥珀色の宝石のように実るのが、桃膠だ。
その様子から、かねてより大陸では桃花の泪、と呼ばれていた。
その夕日よりも甘美な色の樹液の塊は、一日清水に漬けておくと、水を吸った分ふにゃふにゃと柔くなる。
死んだばかりの子供の眼球のように膨らんで柔い桃膠と、氷河の

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エルバベインの虎

エルバベインの虎

エルバベインの虎は、かなりの横暴者だった。
龍仙郷の谷間に降りて、霧の吐息を吐き、濃度の高い雨雲を呼んで、弦のような髭の摩擦で雷を
落とすのが、何よりの楽しみだった。
坊主が木炭と山羊の唾液と鼠の血を混ぜたもので、檀家の家の前に招副と拒禍の呪形を描いていると、必ずそれを鞭のような尾で拭い消し去って、錨よりも鋭い鉤爪で坊主を指さして、命ずるのだ。
「やい、そこのお前。天に轟く雷鳴よりも、千年生きた古

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錆釘

錆釘

ある人は、心に釘が刺さっていた。
そのようになった原因は、誰にでもあるような辛い過ちのせいであったけれども、その人自身は心の中に異物が刺さっているのを、もはや自分の一部だと思い、生きていた。
初めの頃は、針のような小さな痛みで、気にする程でもなかった。
けれど、放置しているうちに、だんだんとそれは大きくなってきた。
指で触って大きさを確認出来るようになった頃には、自分でなんとかその釘をぬこうと必死

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白孔雀のスープ

白孔雀のスープ

地中深くに眠る鸚鵡螺化石〈アンモナイト〉が、金になるほど、山羊の角が水晶になるほど遠い昔のお話です。
大変に子供っぽく残酷で、享楽に事欠かない支那の大国の王様がいました。
血に飢えた大虎が入った檻の上で、ひらひらとした衣装の踊り子を踊らせ、虎の鋼のような鉤爪で踊り子の領布〈ひれ〉や裳裾がずたずたに引き裂かれていく様子を、虫を観察する子供のように、飽きずに見ていたり、踊り子の傷ついた足から流れる血の

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とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある宮廷詩吟師の嘆き、もしくはその一生。

とある国の、どこかの話。
なにかわたしを楽しませるようなことを、話しなさい。目の前の氷の眼差しを持つ姫君は静かにそう言い放った。

異国の魔女に呪いをかけられて、生まれてから一度も笑ったことがない、と噂されている冷ややかな、凍った冬の朝日の美しさを持つ姫君。
まさに噂が正しいように、頬の肉は盛り上がるのを知らないようで、静かな顔は水面に張り付いた薄氷の仮面のようだ。
困り果てた王様は、都で一番の詩

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