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我楽多

画鋲に集られた球根、鉄釘で作られた十字架、胡桃殻の形の緑柱石、李の子宝、焦げた紅茶染め紙のラベル、薔薇の花びらの金継ぎ跡、小禽の心臓、チューリップの瓶詰め蘂、鉛の呼び声、氷柱の中に囚われた青い枝、貝殻の欠伸、黒曜石の肌の聖母像の子宮、鼠の足跡が遊ぶパレット、蜘蛛の巣の礫、糸巻きの胡乱な穴、ビー玉の罅、三つ編み巻き毛の馬の尾、カタバミの涙、虹色の仙骨、古代魚の鰓、水晶の苔気泡、ネガの中にしか居ない天使、絡繰機構の毛皮、月の産毛、睡魔の涎、罌粟の中の真珠、鏡張りの温室、独楽の軸、烏帽子花の露、まち針の玉、珊瑚の根、托卵された皇女、梨の黴、鳶の鳴き声が出てくる鼻詰まり者の寝息、 針金のリース、蓮の半花蕾、雲母の鎧戸、ジプシーの子守唄、阿亀鸚哥の使うほお紅粉、真鍮の腐汁、羽根の生える樹、夢遊病の猫、虹が砕け散る時の悲鳴、痘痕顔の百合、硝子の艝、鈴音色の陽炎、霜の砂漠、ビコルヌの角の削り滓、綿毛の冠、惑星の棘、泥の砂糖菓子、鍋の中の赤子、焦げた繻子のトゥシューズ、萎びた茄子のように中身の完遂を遂げた絵の具チューブ、火星の耳、翡翠の足型、チェロの中に出来た蜂の巣、麦藁の編み細工の鸚鵡貝、卵の裂け目、業突く張りの針の穴、乳母車を押すキャラバン、鋏の指通し穴に赤い紐網を拵え、みづうおを獲る漁師、パズル型に切り取られたやすり紙、破裂したせむし瘤から活火山のように黄汁を垂れ流す子馬、一枚一枚剥ぎ取られた松ぼっくりの鱗片、緑青の蛹、レェスの目隠し、氷漬けの睡蓮、血痕のあるソールを敷いた靴、満身創痍の錆だらけスプーン、つつかれては何回も雨を漏らし閉じそれを繰り返す雨曇、鼷貴族の銀歯、刺繍糸を束ねるラベルで出来た黒竹を繋いだような黒龍、海豹の床擦れ、一項ずつの本を出鱈目な順番で売り歪な真珠を引き当てたものだけが本に拵えてくれる書店、弓形の蹄に、一本足で躰を支えた雪蝋色のトロイメライ産木馬、地球儀の輪切りレコオド、星砂がくびれ腰の管に詰まり絶対的に時を刻まない砂時計、珊瑚礁の戯夢、葡萄染の大火、猫の義眼屋。


どれかは、ひとつでは到底在りえないもの。
そしてもうひとつは、ひとが遠くへおしやってしまったもの。もう戻らない。それらは、音もない鐙の王の胃の中に消化された。

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