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LUMIX S9を買ったら、思い出の残し方が変わった話

LUMIX S9を買ったら、思い出の残し方が変わった話

こどもの頃から大人になり歳を重ねて今に至るまで、バリバリの活字派だった。「映像よりも活字が好き、映像はタイパが悪過ぎてまどろっこしい…」と、ずっとそんな風に感じていて。ごくたまに映画やドラマは見るとしても、TikTokやYouTube、ニコ動などの動画文化というものにはかなり疎い人生を送っていた。

しかしこの夏にLUMIX S9を買ったことで、そんな動画への苦手意識に少し変化が現れた。

このカ

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夏はタコス日和

夏はタコス日和

8月の空は眩いくらいに青い。

そんな空を見上げながら、海外旅行にでも行けそうなサイズのスーツケースをがらがらと引っぱり歩いている。中に入っているのは残念ながら旅のあれこれではなく、ニューボーンフォトの小道具たち。

つまり、今は仕事帰りなのだ。

でも今日はいつもの仕事帰りとは違う。なぜなら、この後でタコス屋に寄り道して帰る計画があるからだ。隣県の岩国まで来たならば、ここに寄って帰るのだと決めて

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幸せな日常のためにできること

幸せな日常のためにできること

またひとつ、お気に入りの食器が増えた。少しだけ青みがかった、やさしいグレーのフラットなプレート。前に「青い食器が好きらしい」という記事を書いたことがあるけれど、またしてもそんな色味を買ってしまった。ブルーグレーが好きすぎる。

個人的に好みの食器というのは、QOL爆上がりアイテムだと思っている。日々使うもの、毎日のように視界に入るものが、自分の好きなものであるというのはとても心地の良いことだ。

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愛しのティーカップ

愛しのティーカップ

以前にnoteで「自分はどうやら青い食器が好きらしい」という記事を書いたことがあるけれど、やっぱりそうみたいで。

この数ヶ月、日々を彩ってくれているのがこのコバルトカラーが美しいティーカップ、インペリアルポーセリンのコバルトネットだ。深い青色に金色の縁取りがなんとも上品かつ繊細で、一目惚れだった。

長らくの間、マグカップはいくつも持っていたけれど、ティーカップというものが我が家には存在していな

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暇も、時には役に立つ?

暇も、時には役に立つ?

5月の暇がたっぷり春休み状態、満喫し過ぎて日常に戻れるのか…と不安だったけれど。この時期にハマって趣味であれこれ練習していたテーブルフォト、無駄ではなかったらしい。
(※「ハーブティーのある暮らしは、映える」・「苺を煮る、写真を撮る、家にこもる」・「カカオとウィスキーは絶対正義」など)

趣味がさっそく仕事に役立った1枚が、こちら。

ファーストバースデーの撮影で、特別に準備したという

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わたしのカメラのたのしみ方

わたしのカメラのたのしみ方

若かりし頃は、「思い出はこの目で見て、心と記憶に焼き付けるもの」だと思っていた。だから大学で海外実習に出た時も、生まれて初めての海外旅行だというのに持って行ったのは36枚撮りの使い捨てカメラ1台きり。これで十分だと考えていた。

当時の自分にとっては、それは正しかったのだろう。初めての体験だらけの日々は刺激的で、思い出深いもので。「こんな記憶、何年経っても忘れるわけない」本気でそう考えていた。

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ハーブティーのある暮らしは、映える

ハーブティーのある暮らしは、映える

外出自粛要請が発令してから、4月半ばから5月にかけての撮影予約がすっかりキャンセルになってしまった。おかげで引きこもり生活が、ずいぶんと捗っている。

この1ヶ月程で、週に1度の買い出しのために家を出る以外で外出したのは。母の日に義実家へ赴いたのと、犬の予防接種を受けに行ったのみ。それ以外はずっと家の中にこもって生活していた。外出好きの人からしたら、おそらくひどくストレスのたまる生活だろう。

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お天気と神社の不思議な関係

お天気と神社の不思議な関係

#私の不思議体験 といえば、雨が降らないことだろうか。正確に言うならば、「リスケも出来ない屋根もない、降るとキャンセルになる…そういう撮影案件では、どんな予報が出ていようがなぜか降られない(※ただし神社での撮影に限る)」だ。

これまでお宮参りや七五三などで、もう100件以上は神社で撮影している。確率的には、1度くらい雨でキャンセルになってもおかしくはない筈だ。しかし帰省日や着付けなどの関係で日程

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テーブルフォトと、心の奥底

テーブルフォトと、心の奥底

仕事で人の写真ばかり撮っていたら、無性にテーブルフォト的なものが撮りたくなった。幸いなことに部屋は白壁、窓は磨りガラスなので自分好みの柔らかい光になり、ちょうど良い高さの棚もある。

という訳で。「いつもと違うことがしたい!!」という心の叫びに従って、自室の窓際にミニスタジオを作ってみた。

被写体は、おやつの米粉ブラウニー。三越地下に入っているyou-ichiというスイーツショップのスペースが拡

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千里の道の、何歩目にいるのだろうか

千里の道の、何歩目にいるのだろうか

年明けに、登録している出張撮影マッチングサイトの運営さんから「あなたが昨年の中国エリアでの撮影件数1位でした」という嬉しい連絡をいただいた。

まさかの、だった。
地方では案件自体が都会に比べて少ないので、ランキングなんて自分には関係ないと思っていたし。哀しきペーパードライバーの身の上では、横に長く・上は山に・下は海に阻まれた広島からは安易に他県への出張もできない。マッチングサイトからの申込みだと

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ブランクを埋めたい

ブランクを埋めたい

小学生から大学までは。習い事や学校教育のおかげで、英語はわりと身近な存在だったように思う。

しかし社会人になってから、環境は一変する。日常で英語に触れる機会など、意識的に作らなければほぼない。まともに英語に取り組んだのは、もはや覚えていないくらい昔のことで。ハリーポッターの最終巻の日本語訳が待ち切れず、英語版を取り寄せて辞書を片手になんとか読み切ったのが最後だ。

そんな生活だったにも関わらず、

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気づけなかった自由に、いま

気づけなかった自由に、いま

長いこと、「自分には会社勤め以外の職業なんて選べない」と無意識に思い込んでいた。

「自分の人生には、それ以外の選択肢なんて無い…」その思い込みに気づいたのは、会社を辞めた後に通っていたセラピスト養成の訓練校で、個人サロンを開いて独立した先生方の身の上話を聞いていた時だった。

セラピスト養成講座に通っていたといっても、基金訓練の制度を利用すれば安価に興味のあることを学べるというのが大きな理由で。

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写真で綴る、ふるさとの風景

写真で綴る、ふるさとの風景

二十歳になるまで生まれ育った街は、小さな地方都市だった。
近年は「この世界の片隅で」により多くの人に知られることになったけれど、それまでは太平洋戦争や自衛隊に興味がある人で無ければ、名前を聞いたこともない…という人の方が多かっただろう。

かつては鎮守府がおかれ、軍港のある街として華やかなりし頃もあったそうだ。自分の生まれた頃には既に無かったけれど、小さな街でありながら路面電車も走っていた。商店街

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モラトリアムの部屋

モラトリアムの部屋

隣の市でひとり暮らしを始めたのは、大学4年生になった春のことだ。

高校生の時から「大学は通いで行ける場所で」と言い聞かせられていたから、実家から出られるなんて社会人になってからの話だと思っていた。それが県外進学予定だった弟が、県内へと予定が変わり。それなら自分が家を出てもいいのでは…とダメ元で親と交渉してみたところ、存外にあっさりとOKが出た。夢のひとり暮らしが、現実の物となった。

はじめて借

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