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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#連載小説

香山のエンディング「冥界」

 明は私の薬物依存を放っておけないと言ってついてきた。監視によって薬が絶たれた私は、一貴山への道中何度か幻覚を見て、その度に明に助けられて、胸を打たれた。宅に着いても明は涙を止めるのにしばらくの時間を要したし、私は彼が予想に反して自分への思い入れを深くしていたことを知り、彼に寄り添う気持ちがなかったのは自分自身であったことを思い知った。初めて体験する明の涕泣でショックから立ち直れなかった。私達二人

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白い楓(01)

 私はペンのノックをいじり始めた。目の前には香山と明という、私の作り上げた登場人物たちがいる。私は話をはじめた。
「まさかこんな取って付けたような作者と登場人物との対談が用意されるとは思いませんでした」
「そうですね。明?」
 パイプ椅子に乗った体を後ろへ反らし、今にも倒れそうな椅子のバランスを器用に取りながら香山は顔を向けた。香山のこうした素行に限らず、ブリーチを繰り返された、耳にかかるまで長い

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香山の1「待ち合わせ」(03)

 お互いに、二文字以内でしか名前を知らない関係でも、それはなんら私達の関係に支障を与えない。勤務時間にしか会わない上に、その勤務時間にも滅多に会うことはないからだ。勤務時間以外を共有するのは今日の会食が初めてで、私はTogaの黒いシャツを着て、Nudie Jeansの濃いジーンズを履き、全身に羽織れる程度の緊張を感じつつ奴を待っていた。スマートフォンの画面にある時計を見る。よかった、約束より数分早

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明のイントロダクション「カゲロウ」(05)

 バーベルを落とすとともに、手を下ろした。上半身には熱気と汗がまとわりついているが、コンプレッションタイプのスポーツウェアはすぐにそれを振り払ってくれる。一仕事終えたのと同じ類の疲労感と達成感を覚えつつ、体を起こす。ベンチプレスの前には腹筋のワークアウトをしたので、体を起こしたとき腹筋に痛みが走った。床のタオルを拾い、顔の汗を拭う。首にタオルを回し、少し顔を下に向けて休んだ。人から疲れた表情を隠す

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香山の3「職務質問」(06)

 こんこん、と手が助手席側の窓を叩いた。吸い寄せられるようにそちらを見る。スーツの袖であった。暗がりでは袖の色がよく分からないが、微かな街灯を吸い込む色であれば、黒か青のどちらか。手首を象るような白い袖口が見えた。カラーシャツである。もしや、明か。こんな時でもスーツを着てくるのは奴らしいとも思える。私は間抜けにも、その手の主が明だと信じて疑わなかった。
 私は何もしないで、手の主が他の部位を見せる

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香山の5 「助手席」(10)

 ドアの窓を開けた。静かだった車内に、六本松駅で発生する音が入り込んでくる。ダッシュボードに乗った拳銃はそのまま、万物の接触を依然として拒んだ。賑やかになった筈なのにこいつだけは、静寂なんぞ何処吹く風よ、という感じである。
「何か?」
 私は腹に力を入れ、それも力を過度にしないよう注意を伴った。語尾が震えるのを避けるためだった。耳に入る音を信じれば、成功を収めたといってよい。そして心得よ、私は彼に

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明の5 「金色夜叉」(14)

 震えを抑えた私は、降りた駅のロータリーで香山のハチロクを発見した。顔面の傷をとやかく質問攻めにされるのだろう、と思い少し陰鬱な気分で車に近づいていった。iPhoneの時計を見ると、既に約束の時間を過ぎていた。早めにジムを出たのに、思わぬ障害を乗り越える必要があったことを説明せねばならないことも、私の気分をみるみる沈めていった。
 スキンヘッドのことを思うと、自分が死にかけた事実も連想され、怒りを

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香山の10 「明」(16)

 博多駅の近くに位置する喫茶店にタクシーが着いた。運転手の女性が、料金を告げた。ここから私は、何が起こるのかはおおよそ分かっていた。ほとんどの関係に置かれた二人は、料金を払う役割を到着までに決めず、到着したとたんに、ここは私が、と言い始めるのだ。事実、確実に中崎は財布を取り出すつもりであった。
 彼の財布は、灰色の長いルイ・ヴィトンであった。ロレックスにルイ・ヴィトン。彼の靴を外観だけでブランドを

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香山の11「オーバードライブⅠ」(17)

 中崎が去り、雰囲気も軽くなった。
「香山さんは、いくつ」
「二十六になったが、そちらさんは」
 私は甘ったるいカフェオレを飲み、唾液すら甘くなっているのを感じていた。本来はこのような飲み物は好まない。彼はまだ何も注文していなかったが、それをなんとも思っていないようだった。
「じゃあ、同い年かね」明が少し語調を強めた。私は中崎と話したときと同じ威圧を覚えた。「そうかい、同い年かい」
 今度は、私は

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お宮の1 「らせん」(19)

 私は、依頼のメールを読んでしたり顔をした。
『私の交際していた女Kが殺された。殺したやつを突き止めた。警察に突き出すだけでは気が済まない。なぶり殺しにしてほしい』
 添付されていたjpegファイルを開くと、そこには明という同業者の顔があった。彼はこの業界で名の知れた男で、香山というブローカーの下で働いていた。どちらも、仕事の上手なことで知られているのに、彼らの素性を調べた依頼者に舌を巻いた。しか

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香山の13「夏の魔物 Ⅰ」(20)

 私は、お宮の話を聞きながら、自分が依頼されて、直接ではないにせよ殺害した女性Kのことを思い出していた。依頼に従い、明が彼女を絞殺したことは知っていた。その事実は、ニュースで確かめた。
『今日午前二時ごろ、福岡市内の宿泊施設にて、女性の遺体が発見されました。女性の身元は、現場から遺留品が持ち去られていたために、未だ明らかになっていません。なお、福岡県警は、金品を目的とした強盗殺人とみて捜査を進めて

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明の6「402 Payment Required」(21)

 椅子に縛られたお宮は、力尽きたのか目を閉じていた。呼吸を確認したが、彼はまだ存命であった。耳を切られたり、足に被弾した程度では人は死なない。映画というのは実によくできている。
 私は、自分の置かれた状況を今一度考えた。香山はお宮に襲われ、それを私が阻害、そして捕縛、彼を拷問すると、彼は私達が過去に行った仕事の被害者の交際相手から依頼されてい動いている(性欲の変貌した先が、生命を奪う殺意とはね!)

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香山の13「夏の魔物 Ⅱ」 (22)

「もしもし」
「お前が貫一か?」
「誰かね君は」
「香山という同業だが、そちらさんは名乗らないのかい」
「お前の言った通り、俺は貫一だよ」
 彼の声は、荒野に走る一本の道路のように平坦で、電話を取ったのが私であることにもさほど驚いていない様子であった。
「ということは、お宮はそこにいるわけかね。彼は、捕まったのか。計画はご破算というわけかね。ああ、そうかい。しかし俺はこの通り、まだ息をしている。と

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明の7「博多口」 (23)

 貫一は私との対面を隠蔽した。しかし、その理由は何なのか。彼が言うように、私がお宮を連れて博多口に行けば、お宮を奪還を試みるはずだ。
 貫一は駅構内に交番があるとは言ったが、その交番は駅構内の中心にあるわけではなかった。博多口の前にある広場の、極めて端寄りにあるために、駅の構内を見渡すことなどできはしない。そして、私も彼も、警察からの注目を好まないために、無理やりにでも貫一がお宮を連れ去ることは可

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