夕空しづく/小説家・詩人

小説と詩と短歌を つくっています。/寄稿『ココア共和国』/著作『トワイエ』『藍空断片集…

夕空しづく/小説家・詩人

小説と詩と短歌を つくっています。/寄稿『ココア共和国』/著作『トワイエ』『藍空断片集』『降り積もる孤独はすべて花になる』… 連絡先:yuzorashizuku@gmail.com

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    トワイエ

    無理しなくていいとか、どうせ世界は救えないとか、生きるのはくるしいことだとか、いろいろ、言われているけれど、 とはいえ、私たちは生きていかなければならない。 かつて救われなかったあなたにも、別の世界線を生きるあなたにも、等しく救われる瞬間があるように。祈りながら、ちいさな物語を書き留めました。寝る前、電車の中、誰かを待つ数分間。ふとしたとき、ただ隣に在れますように。 A5サイズ 全100ページ。第一版のみ、手書き修正部分があります。明るいところだと青が強めの紺、暗めのところだと、限りなく黒に近い紺に見えます。
    1,320円
    夕空の本棚

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固定された記事

「夜のコンビニへ、何をしに来たんですか」

***** PM9:12 28歳女性 購入品:500mlパックのイチゴ牛乳 ***** 「見たら分かるでしょう、飲み物を買いに来たの。今?彼氏と会ってきた帰り。青山の地下レストランで、…

飯田橋で、一度だけ出会ったあなたへ

こんなわたしにも、就活生だったころがある。 当時のわたしは、漠然と東京に行きたかった。東京で生きてみたかった。人生のなかで、「東京で生きた」と言える時代がほしか…

概念

概念でいたい、 と、ずっと、思っていた。 ことばを使って表現をするとき、肉体はどうしてこんなにも邪魔なんだろうと、思っていた。 わたしが男性でも女性でもどちらで…

創作にはAIじゃなくて、愛が必要だよ

最近、AIの話題ばかりで、心が疲弊しきっていた。正直にいえば、半分、絶望していた。 どれだけいのちをかけてつくっても、簡単にAI学習に使われてしまう。感情や痛みを伴…

桜桃忌 2024

桜桃忌だ、と思った。 仕事中、キーボードを打ちながら、思った。 しばらく、『人間失格』を読んでいない。 *** 太宰治を思い出すとき、私は「修治さん」と呼ぶ。 す…

洗っても洗っても、書いても書いても。

洗濯、をしていると、私はいま、ちゃんとできている、と感じる。汚れた服を、あるいは、汚れたように見えない服を、時間をかけて(洗濯機が)洗う。シワをのばして、太陽と…

日々断片蝶々

東京にいた頃に書いた短編小説を、すこし、書き直した。 あの頃の私を消さないように、あの頃の純度を損なわないように。 最近、猫が後ろをついてくる。一緒に逃げてしま…

世界が終わる夢

「明日大きな嵐がきて、世界は悲惨に終わるらしい」と、誰かが言った。ある局はそれを大々的に取り上げたが、全く気にしないメディアもあった。 人々は、信じる者と、信じ…

自己表現、という呪い、あるいは

noteに自分のことを書くのが、ひどく、こわくなってしまった。本業でもライフワークでも、文章はいつ何時でも書いているのに、自分のこととなると、急に、筆が、重くなる。…

終末の恋人たち

「明日さ」 「うん」 「デートしよう」 「いいよ どこで?」 「きみがいれば どこでも」 「そういうことじゃないでしょう」 「ごめん」 ……… 「もう夜になるね …

こぼれ落ちていく4月

葉桜の頃、東京へ行った。 ビルを背景に、散りかけの桜を見た。 人がたくさんいて、にぎやかくて、あざやかだった。 生まれたての本を背中に抱いて、私は歩いた。 人生の…

生きるための遺書【書籍『トワイエ』を発売します】

「とはいえ、私たちは生きていかなければならない」 止まらない不景気。匿名の悪意。伝わらない感情、無責任な格言。終わらない戦争と果てのない孤独。救いのない満員電車…

SNSに疲れたくせに、つぶやきじみたものを書き残したい夜だ

自分のことを安心して話していいのだと、思える場所は多くない。相手を気持ちよくするのが会話のコツだと、就活のとき教わった。目を見る、相槌を打つ、続きを促す。よく笑…

いつか、全部おわるとして。

東京にいたころ、発狂する勢いで文章を書いていた。 一銭にもならない、かたちにもならない、誰からも求められていない、でも切実な文章だった。 私はたぶん、ずっと泣き…

あなたを迎えにいく日まで

年末、というのはどうしてこんなにも、 人生を直視せざるを得ないんだろう。 あの頃のわたしが生きていた部屋で、 ひとり呆然と、時計を眺めている。 人間がつくりだした…

推しを推すことは、人生を見つけ直すことだ

土曜日、初めて三軒茶屋を訪れた。 駅構内に貼られた舞台の広告と、空を突き刺すキャロットタワー。制服を着た小学生がふたり、改札に向かって走っていた。ドライフラワー…

「夜のコンビニへ、何をしに来たんですか」

「夜のコンビニへ、何をしに来たんですか」

*****

PM9:12
28歳女性
購入品:500mlパックのイチゴ牛乳

*****

「見たら分かるでしょう、飲み物を買いに来たの。今?彼氏と会ってきた帰り。青山の地下レストランで、シチリア料理だったかな、を食べた。白ワイン、結構いい銘柄だったらしいけど。名前?忘れちゃった。

そのあと彼のマンションに行って、いつもと同じセックスをした。食事の途中から、そうなるんだろうなってわかってた。彼

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飯田橋で、一度だけ出会ったあなたへ

飯田橋で、一度だけ出会ったあなたへ

こんなわたしにも、就活生だったころがある。

当時のわたしは、漠然と東京に行きたかった。東京で生きてみたかった。人生のなかで、「東京で生きた」と言える時代がほしかった。ここではない場所でなら、ただしく見つけてもらえると思っていた。聞き飽きた、よくある話だ。

小説家になりたかった。

でも、働いて稼がなければ生きていけないことはわかっていた。とにかく東京に行けばなんとかなると、思っていた。高速バス

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概念

概念

概念でいたい、

と、ずっと、思っていた。

ことばを使って表現をするとき、肉体はどうしてこんなにも邪魔なんだろうと、思っていた。

わたしが男性でも女性でもどちらでもなくても、17歳でも25歳でも48歳でも81歳でも、その作品はその作品でしかないのに。作品はどうしても、わたしが持つ身体性と、結びつけられてしまう。

とはいえ、切り離そうにも、切り離せない。わたしのなかから生まれる表現は、一度、わ

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創作にはAIじゃなくて、愛が必要だよ

創作にはAIじゃなくて、愛が必要だよ

最近、AIの話題ばかりで、心が疲弊しきっていた。正直にいえば、半分、絶望していた。

どれだけいのちをかけてつくっても、簡単にAI学習に使われてしまう。感情や痛みを伴わない作品が、大量に生産されてしまう。そんな世界で、私は書き続けられるだろうか。書くことは、救いになりうるだろうか。

大切にしてきた救いが、踏みにじられた気がした。何をしていても、何を考えていても、動悸が止まらない日々が続いた。前向

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桜桃忌 2024

桜桃忌 2024

桜桃忌だ、と思った。

仕事中、キーボードを打ちながら、思った。

しばらく、『人間失格』を読んでいない。

***

太宰治を思い出すとき、私は「修治さん」と呼ぶ。

すべての本を読み、論文を読み、五所川原へ行き、三鷹へ行き、それでも私は、太宰治の、津島修治の、絶望に触れることができなかった。触れられた、と気がしたこともあったが、それは大抵自身の絶望を、彼に投影しているだけだった。彼が、何にくる

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洗っても洗っても、書いても書いても。

洗っても洗っても、書いても書いても。

洗濯、をしていると、私はいま、ちゃんとできている、と感じる。汚れた服を、あるいは、汚れたように見えない服を、時間をかけて(洗濯機が)洗う。シワをのばして、太陽と風があたる場所に、干す。きれいになった、あるいは、きれいになったように見える服を。

一日外に出ただけで、服は汚れるらしい。それなら、20年と半分ちょっと生きている私は、どれだけ、汚れているんだろう、と思う。この手は、この足は、どれくらい、

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日々断片蝶々

日々断片蝶々

東京にいた頃に書いた短編小説を、すこし、書き直した。
あの頃の私を消さないように、あの頃の純度を損なわないように。

最近、猫が後ろをついてくる。一緒に逃げてしまおうか。
誰にも見つからないところで ふたりで暮らそうか。

本を梱包しているとき 祈りにちかい気持ちになる。
私だけはここにいるからね、大丈夫だからね。世界と無事に出会えますように。見つけてくれた人 ありがとう。

こわい夢を見た。

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世界が終わる夢

世界が終わる夢

「明日大きな嵐がきて、世界は悲惨に終わるらしい」と、誰かが言った。ある局はそれを大々的に取り上げたが、全く気にしないメディアもあった。

人々は、信じる者と、信じない者に、分かれた。前者は大抵が「生きづらい」と形容される人たちで、もれなく繊細で、心配性で、やさしかった。後者は楽観的で明るく、誰からも愛される人たちで、こういう人たちが、世の中のトップに立って、経済を支えていた。

私と、私の家族は、

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自己表現、という呪い、あるいは

自己表現、という呪い、あるいは

noteに自分のことを書くのが、ひどく、こわくなってしまった。本業でもライフワークでも、文章はいつ何時でも書いているのに、自分のこととなると、急に、筆が、重くなる。人生ぶんの重みみたいでいやだ、し、こんなふうに比喩すること自体、素直に自らを綴ることをごまかしているようで、いやだ、とても、ごめんね。

そもそも私は、私自身のことを世の中に話すのが苦手だし、そういう生き方はできないのだろう、と思う。だ

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終末の恋人たち

終末の恋人たち

「明日さ」

「うん」

「デートしよう」

「いいよ どこで?」

「きみがいれば どこでも」

「そういうことじゃないでしょう」

「ごめん」

………

「もう夜になるね 夕ごはん どうしようか」

「わたし なにかつくるよ なにがいい?」

「きみがつくるものなら なんでも」

「それが いちばん困るんだって」

「ごめん」

………

「ねえ」

「うん」

「明日 どうしようか」

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こぼれ落ちていく4月

こぼれ落ちていく4月

葉桜の頃、東京へ行った。
ビルを背景に、散りかけの桜を見た。
人がたくさんいて、にぎやかくて、あざやかだった。

生まれたての本を背中に抱いて、私は歩いた。
人生の匂いが濃くて、すこしくらくらした。

先日、本をつくったことを発表した。

いろいろな方からことばをいただいた。
動悸がしばらくやまなかった。
ようやっとすこし、深呼吸できるようになった。

本をつくることは、生きる覚悟を決めることだっ

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生きるための遺書【書籍『トワイエ』を発売します】

生きるための遺書【書籍『トワイエ』を発売します】

「とはいえ、私たちは生きていかなければならない」

止まらない不景気。匿名の悪意。伝わらない感情、無責任な格言。終わらない戦争と果てのない孤独。救いのない満員電車。前向きなことばばかり光を浴びて、弱音や孤独は沈殿して。幸せになりたいのに、幸せの定義すら曖昧で。

とはいえ、
私たちはこんな世界で、
死ぬまで生きていかなければならない。

だから、
本をつくりました。

***

むかし、遺書を書い

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SNSに疲れたくせに、つぶやきじみたものを書き残したい夜だ

自分のことを安心して話していいのだと、思える場所は多くない。相手を気持ちよくするのが会話のコツだと、就活のとき教わった。目を見る、相槌を打つ、続きを促す。よく笑い、よく食べ、決して怒らない。そうしていれば人は自分を嫌わない。自分はここにいてもいい。そうしないと生きていけない。

でもあるとき、ぐしゃんと崩れた。運ばれる前に崩れたホールケーキ。返信する前に充電が切れたスマートフォン。くるしい言葉ばか

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いつか、全部おわるとして。

いつか、全部おわるとして。

東京にいたころ、発狂する勢いで文章を書いていた。

一銭にもならない、かたちにもならない、誰からも求められていない、でも切実な文章だった。

私はたぶん、ずっと泣き叫んでいた。

満員電車のなかで、汚い駅の構内で、オフィス街の牛丼屋で、朝方のマクドナルドで。私はここにいると、こんなことを思っていると、世界に向かって叫んでいた。一銭にもならない、かたちにもならない、顧客ニーズも世の流れとか一切考えな

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あなたを迎えにいく日まで

あなたを迎えにいく日まで

年末、というのはどうしてこんなにも、
人生を直視せざるを得ないんだろう。

あの頃のわたしが生きていた部屋で、
ひとり呆然と、時計を眺めている。

人間がつくりだした概念の手のひらで、
私たちは否応なく、
「来年」というものに向かわされている。

小説家になりたかった。
小説家になれなかったら、
私の人生に意味などないと思っていた。

書いて書いて書いて書いて、
40分に一本しかない電車を待って、

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推しを推すことは、人生を見つけ直すことだ

推しを推すことは、人生を見つけ直すことだ

土曜日、初めて三軒茶屋を訪れた。

駅構内に貼られた舞台の広告と、空を突き刺すキャロットタワー。制服を着た小学生がふたり、改札に向かって走っていた。ドライフラワーを直で持った女性が、横断歩道を悠々と闊歩していた。まぶしかった。

キャロットタワー地下1階は、地元と既視感があり混乱した。でもここは地元のどのビルよりも高く、3階には劇場がある。日常と非日常の距離が近い街。

三軒茶屋に来たのは、『推し

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