「夜のコンビニへ、何をしに来たんですか」
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PM9:05
26歳女性
購入品:500mlパックのイチゴ牛乳
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「見たら分かるでしょう、飲み物を買いに来たのよ。今?彼氏と会ってきた帰り。青山の地下レストランで、シチリア料理を食べたの。二人で白ワインを一瓶開けたわ。結構いい銘柄だったんじゃないかしら。名前は忘れたけれど。
そのあと彼のマンションに行って、定められていたことのようにセックスをした。彼の背中は煙草とジンジャーエールの匂いがして、いつも噎せ返りそうになる。どっちも私は好きじゃないの。みじめになるほど甘ったるくて。
彼は私のためなら何だってしてくれる。父親から譲り受けたプジョーで迎えに来てくれるし、何の記念日でもないのに香水やリングを贈ってくれる。もちろん食事代は全部払ってくれるし、あれがほしいと言えばすぐに買ってくれる。おかげで私は、会社の同期の誰よりも良いものを身につけていられる。うらやましい、とよく言われるわ。彼と結婚すれば働かなくたって、エステや手芸教室に通いながら生きていける。人生勝ったようなものじゃないって。
え?これから家に帰って何をするか?
彼と食べたものを全部吐いて、触れられた部分を全部洗うのよ。
好きでもない男と食べたもので私の体を構成したくないし、好きでもない男の匂いが染みついた体で寝たくないの。
今が幸せか?
幸せだったら、吐くためにイチゴ牛乳なんて買うはずがないじゃない。馬鹿じゃないの?
幸せになりたいわよ、私だって」
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PM9:45
24歳女性
購入品:半額の回鍋肉弁当、生茶
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「私、ですか?仕事が終わったので、お弁当を買いに来ました。これから家に帰るところです。最近残業が多くて。会社は都心なんですけど、住んでいる場所は東京郊外なんです。会社の近くは家賃が高いから。帰るのに一時間かかるんです。とても自炊なんてできない。
私は就職と同時に上京して、一人暮らしを始めたんです。どんなに頑張って帰っても、誰も褒めてくれないしごはんは出てこない。いつか誰かが「おかえり」と言ってくれる日が来るといいなあなんて、淡い期待を抱いてしまいます。
恋人ですか?はい、いますよ。遠距離ですけれど。彼は今北海道にいるんです。学生時代からの付き合いで、もうすぐ三年になります。
でももうしばらく、会っていません。仕事が忙しいみたいで、ラインももう一週間返ってきません。今は私の優先順位が低いんだと思います。でも平気です。彼には私以外にも、大切なものがある。それをちゃんと、大切にしてほしいから。
最後のラインは……あ、私が送った写真で終わってます。夜の赤レンガ倉庫が綺麗だったから、思わず撮って送ってしまったんです。綺麗なものを見るとつい彼に伝えたくなるのですが、……もしかしたら、うざがられているのかもしれません。返事がないから分からないけれど。
寂しくないか?寂しいですよ。満員電車で痴漢にあったり上司から怒鳴られたり日は、弱音を聞いてほしくなりますよ。ナンパされる度に守ってほしいと思うし、好きだよと言って安心させてほしいですよ。
でも、そんなこと言えないですよ。今彼は忙しいんだから。面倒くさい彼女になりたくないんです。私はこの寂しさを、一人で飼いならすしかないんです。彼といるためには、強くならないといけないんです。
……え?キスしてあげようかって言いました?
馬鹿にしないでください。あなたじゃ私は満たせない。
私は彼といたいんです。どんなに寂しくたって。
こんなに苦しんでいるのが私だけだったらと思うと、虚しくて仕方ないですけれど。
だから今は、考えないように仕事に打ち込むしかないんです。北海道まで行くための、交通費を稼がなければいけませんし。
寂しくて死にたくなる前に、早く寝ますね。明日も早いので」
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PM10:06
21歳女性
購入品:雪見大福
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「あ、今トイレに行った人は誰か?私の恋人です。一緒に鍋をして、ゲームをして、小腹がすいたのでおやつを買いに来たんです。本当はハーゲンダッツがよかったんですけど、私も彼も今、金欠で。鍋の具もね、お肉の代わりにウインナーを入れたんですよ。でも意外とおいしくてはまりそうです。
私たち、今年就活なんです。彼は公務員志望で、私は民間志望。地元も違うから、来年からお互いどうなるか、全くわからないんです。離れたら、こうして一緒に安い鍋をつつくことも、夜にアイスを買いに行くことも、気軽にできなくなる。そう考えたら、寂しくて仕方ないです。
大人になると、ただ「好き」という感情だけじゃ人と付き合えなくなると聞きました。「結婚」というものを意識することなんて今まではなかったけれど、「結婚を意識したお付き合い」が当たり前になるんだって。むしろそうすることが誠意だって。いつまでも若いわけではないし、女性には「子供を産めるタイムリミット」みたいなものもあるし。
でも、人を好きになる時、そんなこといちいち考えなければならないと思うと、辟易としません?
私は彼のことが好きです。とてもとても好きです。ただそれだけの感情で一緒にいるのであって、結婚するとかしないとか、まだ考えたことないです。
でも、できればずっと一緒にいたい、とは思います。「ずっと一緒」なんて言葉ほど、不確かなものはないんですけどね。
いつか別れてしまうかもしれない。
でも、それは今日ではない。少なくとも今、この瞬間は、私は彼のことが好きで、彼も私のことが好き。
その積み重ねをしていくことが、「一緒にいる」ってことなんじゃないですか。私はそう思っています。
社会人になるのは不安だけど、お互い稼げるようになったら、鍋に牛肉だって入れられるし、ハーゲンダッツだって買える。そう思うと、ちょっとわくわくするんです。旅行にも行きたいし。
あ、彼が帰ってきました。彼にも話を聞くんですか?だとしたら今私がした話は、秘密にしておいてくださいね。聞かない?わかりました。
今、幸せか?
そんなこと、考えたことなかったな。
今この瞬間に死んでも、たぶん私、幸せです。
でもそれ以上に、もっと生きたいと思えるくらいには、幸せなんだと思います。
彼が呼んでる。もう、行きますね。
あなたも、お幸せに」
眠れない夜のための詩を、そっとつくります。