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余舞ダンス

「ヨマイです」
「それ本名?芸名?」
「本名です。余りものの余に舞踏の舞で『余舞』です」
 
「中国系?」
舌打ちされた。土砂降りの豪雨の中河川敷で舞い、警官が駆けつけたことがある。その時の一幕だ。
 
「迷惑とか考えなかったの?」
「誰にたいしてですか?」
「近隣住民だよ。誰だって心配するだろう、こんな豪雨の中」
「なら、声を掛ければよかったのでは?大丈夫ですかと。私はご心配なくと答えましたよ」
「屁理屈言うんじゃない」
 
非生産的な問答を終え、警官は立ち去った。去り際、男は微かに「在日が」と吐き捨てた。続く言葉は『偉そうに』そういうニュアンスに聞こえた。私は掴みかかろうと足を出したが泥濘に取られ転げてしまった。全身泥まみれ、どうやら足を挫いたらしい。
 
「大丈夫ですか?」
「ご心配なく」
「それでは」
 
警官は爽やかに立ち去った。彼は雨合羽を着ていた。傘も持っていた。私は終始雨曝しのまま、その場にいた。余りものの舞、ヨマイ。それが私の名前だ。雨は流れ出る全てを洗い流す。汗も泪も言葉も傷も。私はその足でこの身体で、舞を続けることにした。

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