マガジンのカバー画像

小説

25
小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
運営しているクリエイター

#サークル

走れオレ|小説/作:紀まどい

走れオレ|小説/作:紀まどい

 オレは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の〆切を除かねばならぬと決意した。オレには政治が割とわかる。オレは、しがない政治学徒である。エッセイではシュンペーターだのを引き合いにだしてホラを吹き、ツイッターをこの時期までやっているしょうもない同級生たちと絡んで暮らしてきた。けれども原稿を会誌に載せられないということに対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明オレはこの会誌に私小説を乗せてやろうと企み、野を

もっとみる
想月記|小説/作:現野未醒

想月記|小説/作:現野未醒

 私のことなど、きっともうあちらではお忘れになって、清らかなままにお過ごしになっていることでしょう。こちらは、もう秋の夜長に白く大きな望月の昇る季節となりました。
 貴女が月へ帰ってから、どれほどの月日が経ったのでしょうか。私は相変わらず、月を見上げる度、貴女のことを想っております。きっと、永遠に想い続けるのでしょう。こんなに美しい名月の夜には、女々しくも、貴女のいらっしゃる月を眺め、こうして届か

もっとみる
ミルキーゴースト|小説/作:虫我

ミルキーゴースト|小説/作:虫我


 何にだって寿命はある。
 寿命、生まれてから死ぬまでの期間と云い換えてもいい。それはもちろん人間に限らず、犬や猫などの動物や、植物にだってある。枯れない花はない。そんなものは造花だけだろう。それに造花でさえも、長い目で見れば、いずれ朽ちる。時間の尺度を永遠的に捉えれば、終わりのないものは存在しない。つまり裏を返して考えてみれば、すべての物質には寿命があると云うことができる。
 では、食品はど

もっとみる
紀政諮「ハロウィン相談所」後編

紀政諮「ハロウィン相談所」後編

 狼男の少年の歌に、王女は聞き覚えがありました。
「レ・ミゼラブル」
「この街に来て、初めて仕事をくれたのは、どこの娘ともしれない女の人でした。『家出をしてきたの。けど怖いから護衛をしてくれない?』と僕を雇った彼女は、いろんなところへ連れて行ってくれた。そうして一緒に入った劇場で、そのミュージカルを見たんです。たからかに歌って、バリケードにこもって、王国軍に一矢報いながら死んでいく彼らに魅了された

もっとみる
紀政諮「ハロウィン相談所」中編

紀政諮「ハロウィン相談所」中編

 狼男の少年は、ポットを持って立ったままです。
「王女さま……いや、魔女さん、警官隊は明日にでも攻めてくる。そうですよね?」
 魔女がびくりと驚きます。
「他の相談者さんからいろんな話を聞いていて、だいたいわかるんですよ。……ミイラ男さん、もう遅いんです。だから、僕らは成長をやめることにしました」
 そういうと、狼男の少年はポットを窓の外へ放り投げました。陶器とガラスの割れる音がうるさく響きます。

もっとみる
紀政諮「ハロウィン相談所」前編

紀政諮「ハロウィン相談所」前編

 山のように積まれたお菓子。それに埋もれて幸せそうな息子。その笑顔を前にして、
「このお話を、ずっと読んでた」
 そう語りだした。

 昔々、貧民あふれる王都でのお話でございます。「トリックオアトリート!」と、ハロウィンでもないのに一年中お菓子をせがみ、代わりにちょっとした仕事を受け持つという商売が、貧しい子供たちの間で流行したんだそうです。使い勝手がよろしく、また、金でもないもののためにせっせこ

もっとみる
山鹿茂睡「アナモルフ」後編

山鹿茂睡「アナモルフ」後編

「ほら、ゾンビさん行くよ?」
 日没を感じさせない渋谷駅の光は、この世のものではない住人が支配していた。三笠はメイドゾンビと流行に乗ったコスプレをしてきた。特に調べるでもなく、周りを見ればそれが流行りなのかどうかイイジマにも理解ができた。視界に収まりきらない無数の人々は混ざることなく渋谷の光を反射させていた。
「メイドゾンビ、チャイナドレスの男、黄色いネズミに、青い猫? あれは総書記とSP!? バ

もっとみる
長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

長谷川不可視「トリップ・オア・トリート」後編

「ダン!」
 そのまま扉はバタン、と閉まってしまった。劣化の具合を差し引いても不自然に重厚な音だった。それっきり何の物音も聞こえてこない。
 数分後、ドナベールは勇気を振り絞ってドアの前に立つ。長身のドナベールよりも更に細長いドア。ドアに触れるだけで生気を吸い取られるようだ。
「……はぁー」
 開けたくは無い。だが超常的な何かを信じているわけでも無い。この恐怖から察するに中にいるのはひどくても多分

もっとみる
紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

 差別とか、いじめとか、ストーカーとか、そういうのをやたらと歌うアーティストがいた。新人オーディションの時、審査員はこう批評したらしい。「わざわざそんな特殊なテーマを選ぶ意味はあるのか。過剰な一般化じゃないか。軽んじていないか」
 アーティストがメジャーデビューを果たした日、そのエピソードを知って、リスナーのある男は思った。
「実際にありふれているから、仕方がないじゃないか」と。
 差別とか、いじ

もっとみる
ささど「花火とその余熱」後編

ささど「花火とその余熱」後編

 関野遥と僕は小学一年生からの幼馴染だ。だから僕たちは今までずっと一緒に生きてきたし、これからも離れることなく一緒にありつづける。少なくとも今年の三月まで、僕はそう信じていた。それは今よりももっと自然な確信で、決して切実な祈りなどではなかった。そして、その確信が突如として形を大きく変えてしまうなんて、考えたことはなかった。
 三月十一日、芽吹き始めた桜の下で、遥は僕にこう言った。
「今年の大晦日に

もっとみる
ささど「花火とその余熱」前編

ささど「花火とその余熱」前編

「今年もたのしかったね、塔也くん」
 関野遥が僕に笑みを向けながらそう言った。余裕を湛えた、世界の全てにーー彼女の認識する世界そのものに――慈愛を注ぐような、そのような笑顔だった。慎ましい美しさが遥を包み込んでいる。しかし、その姿は僕を幸せにはしてくれない。
 大晦日の午後一一時三〇分、僕と遥は山奥の国道上にいる。道路自体は綺麗に舗装されているが、ガードレールを境界として、その先には暗い山肌が広が

もっとみる
虫我「サンタ証明の途中式」後編

虫我「サンタ証明の途中式」後編

 小学生の僕が、僕を覗き込んでいた。ポンポンが付いた青いニット帽が、白く染まっている。
「つかまれよ」
 そう差し出された小さな手を握る。引っ張られる力は、その大きさと見合わないぐらい強かった。
 そのまま小学生の僕は、白い世界に向かって走り出す。消えゆくように、背中が白く薄くなっていく。
「おい、どこに行くんだよ‼」
 見失わないように必死についていく。叫んだ声も、吹雪で掻き消えそうだった。
 

もっとみる
虫我「サンタ証明の途中式」中編

虫我「サンタ証明の途中式」中編

 外は案の定の暗闇だったが、不思議と自分の身体とその前方ははっきりと見通せた。
「では、お気をつけて」
 運転手は扉の前でお辞儀をすると、再び戻ってバスのエンジンをかけた。表記は『夢行き』から『回想中』に変わっている。
そうして過ぎ去っていくバスを見えなくなるまで見送ったあと、僕はあてもなく歩き出した。
歩き出して、少し止まって、また歩いた。
ずっと、暗闇。でも、少し前だけは見えている。
「……な

もっとみる