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OKOPEOPLE - お香とわたしの物語

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OKOCROSSING が運営する、香りにまつわる「わたしの物語」を編み集めるプロジェクトです。https://oko-crossing.net/okolife
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#みんなの文藝春秋

オープン・フェア・スロー──お香と社会の3つの「隙間」

オープン・フェア・スロー──お香と社会の3つの「隙間」

こんにちは、お香の交差点OKOCROSSINGを運営している麻布 香雅堂代表の山田です。

お香をはじめとする和のかおりの専門店・香雅堂を手伝い始めておよそ10年が経ちました。思うところがあって初めてこのような文章を書くに至っています。みなさまにあまり馴染みのないと思われるお香業界の今をさまざまな観点で紹介しながら、お香の未来について考えていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

香木・香

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「永遠へ」 〜 明治神宮、命の森の匂い ~

「永遠へ」 〜 明治神宮、命の森の匂い ~

猛暑に焼けつく8月の週末、久しぶりに明治神宮の森を散策した。庭好きの友人との都内”探庭活動”は究極のマイクロツーリズム。とは言え、この暑さでは鎮守の森の日陰無しには15分と歩いていられない。

今年創建百周年を迎える明治神宮は、私たちが愛してやまない大都会の緑の聖地。ファッションの街原宿の駅のすぐ隣に、東京ドーム15個分の広大な敷地の荘厳な森が広がっていることを、一体どれだけの人が意識しているだろ

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「梅仕事」 ~ 梅雨のおくりもの ~

「梅仕事」 ~ 梅雨のおくりもの ~

雨の匂いが近づき店頭に青梅が並んだ週末、今年も「梅シロップ」の仕込みをした。

真夏の外出から帰って飲む、冷たい水と氷で割った梅ジュースの美味しさ。細胞のひとつひとつが音をたてて喜ぶような命のご褒美を愉しみに、毎年いそいそと仕事にかかる。

俳句の季語にもある「“梅仕事”という言葉に馴染めない。」FBで見かけたそんな一言を意外に思ったのは、軽く腕まくりするような仕事始めと、終わった後の達成感をむし

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「梅雨明け」~ 父の残り香 ~

「梅雨明け」~ 父の残り香 ~

まもなく父の七回忌を迎える。
そのせいか、この頃ふとその人を思う時がある。

父が亡くなったことで、私はことさらに泣いた記憶がない。同じように母や妹の涙も見たことが無い。一度だけ妹が声を上げて泣いたが、それは直前の体調の変化に気付かなかったことへの”後悔”で、悲しさや寂しさの涙とは違う気がした。

いなくなった実感が乏しいからかも知れない。
「パパのことだから、その辺フラフラしてるわよ。お墓なんか

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「散歩」 ~ 雨の匂いのする街 ~

「散歩」 ~ 雨の匂いのする街 ~

部屋の観葉植物に水やりをしていたら、思い切り立ち上がった緑の匂いに鼻がびっくりしてしまったことがある。
「ぷっはーッ!」
ビールの第一声が聞こるような見事な飲みっぷりに、以来見慣れていたヤシ科の鉢植えは一緒に呼吸する”同居人”になった。

コロナによる自粛生活で、散歩が日常になっている。
雨催いの空であっても、いそいそと出かけてゆく優雅な新習慣。こと「雨上がり」の贅沢さには時を忘れる。

草木がい

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「墨香」~ ゆららさららと ~

「墨香」~ ゆららさららと ~

在宅勤務生活から2ヶ月。リモートワーク前の朝の時間、この頃は気軽なお習字の稽古に充てている。

新型ウィルスのニュースにも何だか疲れてしまった。
「毎日誰かが誰かを責めている」のが辛くなったのかも知れない。

趣味で続けている「香道」には、嫌でもお習字が付いてくる。組香(くみこう)という”香り当て遊戯”のスコアシートを、筆書きしないとならないからだ。稽古熱心でない私の書は相変わらず拙い。それでも手

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「Vinyl」 ~ 12インチ聞香(もんこう) 〜

「Vinyl」 ~ 12インチ聞香(もんこう) 〜

コロナウィルスの声が聞こえ始めた2月の初め。法事帰り、人気の少ない京都寺町通りを歩きながらふと目に付いた店に入った。雑居ビルの2階、本か雑誌で見かけた名前。何の店だったかよく覚えてはいないが、古書かレコードかそのあたりだ。

狭い階段を上がってドアを開いたとたんに、懐かしい匂いが鼻をかすめた。古本屋とはひとくせ違うホコリ&カビ臭さは、塩化ビニール「塩ビ」のそれだ。

狭い店内にはレコード盤が入った

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「折詰」 ~ 小さな世界の清なる匂い ~

「折詰」 ~ 小さな世界の清なる匂い ~

ネットフリマの商品受け取りで、初めてその駅に降り立った。谷根千あたりの魅力的な匂いの街だが、待ち合わせまであまり時間はない。

大荷物を受け取ってしまえば、飲み屋を探して街をぶらつく楽しみもお預けだ。幸い、調べてあった鮨屋が駅から近くにあったので、評判の穴子寿司を”おみや”にすることにした。

六時台でカウンターに客の姿はなく、つけ台の前で初老の大将がひとり「いらっしゃい」と迎えてくれた。折詰を頼

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「無為」 ~ つらつら匂い考 ~

「無為」 ~ つらつら匂い考 ~

香りは苦手、匂いが好き。

香道のお稽古を十年以上続けておきながら、敢えてそう言ってしまう。

香りは表現、匂いはありよう。
匂いは内から、香りは外へ。
香りは手招きをし、匂いは後ろ髪を引く

「香り」が人や物の“佇まい”に重なったその時、私の中はでえも言われぬ「匂い」に昇華する。

そんな言葉遊びはさておき、隠しおおせぬ本質が滲み出るのは”におい”の領域ではないだろうか。
かぐわしい「匂い」はも

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「ラストダンス」 ~ 師走の街に ~

「ラストダンス」 ~ 師走の街に ~

12月はダンスの季節だ。
父が生前ソシアルダンスを長く続けていたことから、この時期あちこちで開かれるダンスパーティの情報が何となく目に留まる。

そんな折、わがレモングラスの紳士、Yさんを街でお見かけした。

白髪が似合う長身は二年前と変わらない。
奥様と思しき老婦人の脚をいたわりながら、手を取って古いマンションに入って行かれるお二人の表情は、寒さのせいか少し硬く、私は何となく意外な思いで見送った

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「移り香」 ~ 顔うずめる時 ~

「移り香」 ~ 顔うずめる時 ~

「自分の枕の匂いっていいよね。ときどき突っぷしてクンクンしたくなる。」

私は「へーえ」と応え。そして、恥じた。

よそよそしいくらい洗い立てのリネンやTシャツに、ホッとする気持ちは変わらない。でもその時の言葉には余白も何も無くて、千の天使が聴き耳を立てた気がした。

ソンナトキモ、アルカモネ
ソンナトキモ、アルカモネ

私はただ狭く小さく、そして斜めだった。

*

久しぶりに長い風邪をひいてい

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「慈雨」 〜 Calling you 〜

「慈雨」 〜 Calling you 〜

雨の日が苦手と言う私に、その人は飛び切りチャーミングでパワフルな”おまじない”をくれた。

「此処はパリ!」

そう声に出して言うだけで、窓の外は景色のパーツそのままに、パートカラーの映画のようにニュアンスだけをハラリと変える。
冷たくくぐもった鉛色の街がしっとり落ち着いた艶を見せ、霧雨のスクリーンはソフトフォーカスの画面、路地の向こうには先の読めない出来事が手招きしているようだ。

寒さが厳しく

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「香道」 ~ 漂うように 〜

「香道」 ~ 漂うように 〜

余白の匂い
日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」 

前回の記事: 「盆会(ぼんえ)」 ~ いかれたBaby ~

香りを”聞く”と言い慣わす世界に迷い込んで十余年。
この九月、「香道」を始めて新しいひと回りの年を迎えた。

”香り好き”ではないが”匂い”には興味があった。
「○○は鼻が利くから。」
母からは冷蔵庫に残ったお肉や魚の「お鼻見」をよく頼まれた。

中学三年の春、

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「盆会(ぼんえ)」 ~ いかれたBaby ~

「盆会(ぼんえ)」 ~ いかれたBaby ~

余白の匂い
香りを「聞く」と言い慣わす世界に迷い込んで十余年。日々漂う匂いの体験と思いの切れ端を綴る「はなで聞くはなし」 

前回の記事:「路面」 ~ 闘場(アレーナ)の香気 ~

J-waveからその新譜が流れたとき、滅多にないことだが思わず仕事の手を止めてネットを検索していた。
人気モデルのデビュー曲。彼女が呟くように歌う日本語のレゲエソングを、ナビゲーターはあるバンドのカバーと紹介した。

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