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書評

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#読書日記

軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

軽石散文 - 『嘔吐』サルトル

我々は信じたくない。思い出とは、過去とは、経験とは、ただ、自分のなかに佇むだけで、その体積のわりに、現在に一切の知恵も利益も与えてないことを。それどころか、その思い出のせいで我々は怖気づき、行動は制限され、退化しているとさえいえる状態に陥っている。スピッツの草野さんだって言っている。「君が思い出になる前に、もう一度笑って見せて」と。

成長は退化だ。時間が経てば精神は朽ちる。自分を含めて、人類は

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手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

手記の美学散文ー『犯罪者の自伝を読む』小倉孝誠

さて、わたしは監獄小説が大好きである。

監獄で書かれた手記は、大変美しく、興味をそそる。ジュネを筆頭に、ラスネール「回想記」、ワイルド「獄中記」にソルジェニーツィン「収容所群島」、国内からは山本譲司の「獄窓記」や、世間を騒がせた市橋達也の「逮捕されるまで」など、凶悪犯に政治犯、冤罪に至るまで種々多様の監獄手記が存在し、一定の人気を保っている。(話すと長くなるので省略。)

仏語翻訳家の小倉孝誠

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社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

社会のきまり【木村敏「異常の構造」書評】

戦後、日本における精神医学界の筆頭といえば、中井久夫と木村敏ではなかろうか。先日中井久夫さんが亡くなり、なんと木村敏さんがその一年前に亡くなっていたことを知った。

10年ほど前になるだろうか、はじめて読んだ統合失調症に関する学術書の著者が木村敏だった。少し昔に書かれたもので「分裂病」という言い方をしていた。

数年ぶりに木村敏を読んだ。彼の、世界を見る目がわたしは好きだ。それは精神医学にとどまら

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肉体の悪魔【ラディゲ 書評】

戦争の影がフランスを覆う

学校は休みになり

子供たちは気晴らしを探す

若い男性が戦地に赴きはじめる

人が突然死ぬのはよくあること

僕は戦争をこう言う

「長い長い夏休み」

銃弾に散る我が国の命は

どこか他人事なのだ

16歳。

僕は子供。

恋に落ちたのは

19歳の人妻

彼女は僕に言う。

「わたしはあまりに年を取りすぎている。」

夫が戦地で苦しむ時間を埋めるふたり

体の触

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花のノートルダム【ジュネ書評】

読み終わる。

巻末。

手紙の出だし。

本を閉じる

1942年

創造を終え、

この手紙を書いているときのジュネ、貴方は

心底、物語を作る喜びを感じていただろう。
(本作は獄中で書かれた)

すくなくともわたしならそう感じる。

この美しい手紙を読んだら

わたしは泣くかもしれないし、

はたまた、

さすがジュネ、とでもいえるような可憐な裏切りに直面し

苛立つかもしれない

期待は恐

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レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインとカフカとシェイクスピア【引き裂かれた自己(R.D.Laing)から見るカフカの魅力】

レインの『狂気の現象学』の改訳版である、『引き裂かれた自己』天野衛訳を読んでいて目にとまった箇所があったので紹介させてほしい。

ロナルド・ディヴィッド・レインは20世紀イギリスの精神科医。
狂気を了解可能なものとして認識する論文を数々発表。統合失調症をメインに、" 人が狂気を作りだし、しかし人との関係が患者を治療する" いう寛解モデルを実際の臨床を通して世間に伝えた。

レインの研究はざっくり言

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抹茶ミルク【エミール・ゾラ短編「ナンタス」】

ゾラの「ナンタス」という短編が好きだ。

単純な物語。
田舎ものの男が、出世して権力を手にしていく。

美しい妻を手に入れるが、世間体のため。
互いに干渉しないことを誓い合う。

何年も、何十年も時が流れ、男は地位も金も権力も、なにもかも手にした。

はずだった。

なんて素晴らしい朝だろう。
朝の死は美しい。夜明けと死。陰と陽。

人は愚かだと思う。
自分たちの欲しいものは、良いモノと便利さだと

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