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壁にぶつかった時の為に

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沢山のクリエイターさんからあなたに合う記事を探して下さい。誰か1つでも、いくつか選んでも。読めばきっと少し変わるはず、それだけの為に選びました。
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#コラム

『感動』を安売りをしよう!

『感動』を安売りをしよう!

「全米が泣いた!」

という煽り文句に、またくだらないこと言っているなぁと感じたことはみなさん一度はあると思う。もちろん実際に泣いた人もいるのだろう。実際に見た人の大半が涙する感動巨編なのかもしれない。
とはいえ、実際にはただの煽り文句であり、宣伝のために誇張して言っているだけにすぎないことも多い。

では「全米は泣いた」は悪なのか。
私はそうは思わない。むしろ乗っかっていくべきで、泣けると言われ

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階段を一歩ずつ上がってゆこう

最近、何かを書こうとすると、ひどく心の内面に食い込んで自分勝手な話題しか出てこないので驚いている。

たぶん、インプットが足りないのだろう。
文章を書くならばちゃんと体感した本当のことを書かなければいけない。

そう、知人に言ったところ。

「【しなければ】は、ダメだよ。」

と、あっさり諭された。

私は、顔面に水を思いっきりかけられた気がした。

自分でも気を付けていたはずなのに、【しなければ

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理想の生活?って、それ本当に望んでる?

理想の生活?って、それ本当に望んでる?

最近、自分にとっての「理想の生活」って何だろう?それを実現したところで人生がよりハッピーになるのかな?と懐疑的になっている。

そう考えるきっかけとなった出来事の話。

以前、わたしが手帳に書いた「理想の生活」リストにはこんな一文があった。

「本や映画を好きなだけ楽しめる毎日が送りたい」

昨年の今頃、これは思いがけない形で叶うこととなる。

2018年の年明け早々、第二子を妊娠中だったわたしは

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つまらないかも?読者はあなたではありません。

つまらないかも?読者はあなたではありません。

noteの連続投稿を始めて200日以上が過ぎた。

「さて、何を書こうか。」

noteを書いている人なら一度は、いや度々思うことだと思う。
私は日課のようにそう思っている。
200日中160日くらいはそう思っていたかもしれない。

そして誰もが思う「何を書こう」よりは頻度は低いかもしれないが、時々こんなことを思わないだろうか。

「この話、別に全然面白くないな。やめようか。」

何度”私は面白お

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適応しない余白

適応しない余白

なにげなく目や耳にした一言に、それまでの価値観をがつんとぶっ壊されることが時々ある。まったく思いもよらなかったからなのか、心の奥底で眠っていた気持ちにリーチされたからなのか、自分でもよくわからない。

日本に住む友達二人とZoomでおしゃべりをしようと計画していたら、一人が少し精神的に弱っているので調整したい、と言った。ものすごく忙しくストレスが多い仕事をしている彼女は、人一倍がんばり屋さんで気づ

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因数分解と化学変化

因数分解と化学変化

漠然とした悩みはいつも視界の片隅にある。そういえば人生で「悩んでいない」時間などない気がする。
10年前の29歳は働きすぎて急性肝炎になり今後どうしたらいいのか悩んでいたし、さらに10年前の19歳は後期試験に受かってようやく入れた大学に意味を見出せず悩んでいた。

「悩みたい人は悩みたいから悩んでいる」と有名な自己啓発本で読んだとき、身も蓋もないこと言うなよ…と思わず空を見た。
一方で間違ってはい

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想いが救ってくれたりする

想いが救ってくれたりする

コンセプトもそれらしくて、数字も整ってて、分析もちゃんとされてるのになんだか気持ちが乗らない企画ってある。企画のための企画。

乗らないというか乗れないというか。そんなの何も考えずにやることが「正解」なのも知ってるんだけど。

何がそうさせるんだろう。いろいろ突き詰めていくと、ぶつかるのが「想い」の不在だ。想いとか言ってしまってるけど。

企画のアーキテクチャも成り立ってるし、マーケットの要因や各

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炎上しないために、今できること

炎上しないために、今できること

SNSを利用していると、「炎上」という現象をよく目にします。

ぼく自体はこれまでに「炎上」に対して、何か言及してきたことはありません。騒ぎが収まっていく光景を静かに見つめてきました。「関心がない」ということではなく、また、自分の中に考えがないというわけではありません。関心もあれば、考えもある。ただ、何かを発言する際には、できる限り慎重であろうと努めます。そこで燃え上がっている炎は、たまたま自分で

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ゆっくり堂々と渡ればいいんだよ #教養のエチュード賞

ゆっくり堂々と渡ればいいんだよ #教養のエチュード賞

旅に出たからといって、そんなにドラマチックなことが起こるわけじゃなかった。

初めて行った海外はエジプト。
そこでも、決して何かドラマチックなことがあったわけじゃない。プロフィールをキャッチーにするために、想像の余地を残して書いているけれど、別にエジプト出身の夫と、そのとき出会ったわけでもなんでもない(普通に、日本でMeetUpで出会いました…笑)

それでも、エジプトで過ごしたほんの少しの時間は

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信頼できる書き手は「声」を聴ける

信頼できる書き手は「声」を聴ける

苦しい文章と苦しくない文章がある。書いてても読んでてもね。

じゃあ、その文章はどこから生まれるのか。そんなの書き手の中からでしょと思うかもしれない。

たしかに文章生成的なAIを使ってなければ、書いてる人の中から生まれる。のだけど、そうやって生まれる文章にも息ができてるのと、息が上手くできてないのがあって。

息が上手くできてない文章は、なんていうか文章そのものの呼吸が浅い気がする。読むのもちょ

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ちゃんとした孤独を持つこと

ちゃんとした孤独を持つこと

「ふみぐらさんも孤独をちゃんと持ってますね」

正確には覚えてないのだけど、この前そんな感じのことをある人に言ってもらえてうれしかった。

孤独がうれしいって変に思われるかもしれない。そうだよね。世の中的には「孤独」はネガティブに扱われがちだから。

だけど、なんだろう。この場合の「孤独を持ってる」は、なんていうかもっとフラットなものだと思う。孤独は個性みたいな無理のあるネガポジ変換じゃなく、良く

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文章の「いい違和感」は捨てなくていい

文章の「いい違和感」は捨てなくていい

きょうは「書くこと」についての短いメモ。最近、つらつらと考えている。違和感について。

体調とか人間関係とか、環境とかの「違和感」は結構センシティブな問題をはらんでたりするので、基本、違和感は解消すべきものとされてる。

文章もそうだ。ビジネスに近い文脈の文章、あるいは「情報」としての価値が大事になる文脈では、文章の違和感はあまりよろしくない。ときには書き手と読み手の双方に致命的なことにもなる。

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書くことで疲弊しないために

書くことで疲弊しないために

100%の自分で書くことは本当に救いなのだろうか。

noteで書いていて矛盾するように思えるかもしれないけど。

ライターとして仕事で日々ものを書いているのは、変な言い方だけど半分の自分で書いている。自分が100%で書くのはほぼない。

もし、100%の自分で書き続けるとしたら、どこかで筆が止まるか倒れると思う。それぐらい書くことは自分を使うことだから。

こういうふうに書くと、半分しか自分を使

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書くことで迷子になったひとへ

書くことで迷子になったひとへ

なぜ文章を書くのだろう、とたまに思う。

ずっと文章を書いている。純粋な仕事でも、その枠を超えて生き方としての仕事でも。

一応、プロとして名刺を持って文章を書くようになってまあまあ長い。いや、べつにいまの時代だから物理的な名刺はあってもなくてもいいし、それより「自分の見せ方とか見え方」のほうが大事って話もあるのだけど。

で、ライターの場合、書き続けてポジション的に「偉く」なることはごく一部の書

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