マガジンのカバー画像

ショートストーリー

27
運営しているクリエイター

記事一覧

硝子のうさぎ(改訂版)|ショートストーリー

硝子のうさぎ(改訂版)|ショートストーリー

 地上四階、南の空に面した窓際の席。虚ろな意識のなかの遠い場所から、終業を知らせるチャイムが歩み寄ってくる。
 突っ伏した机と顔面の間に、すっと何かが差し込まれたことに気付き瞼を開いた。目の前にあったのは小さなメモ帳で、その持ち主が誰であるか俺にはすぐにわかった。クラスで、いや学年でもトップの成績を競うほどの優秀な女子生徒の物だった。ただ何故その彼女のメモ帳が自分の前に置かれたのか、それを理解する

もっとみる
硝子のうさぎ|ショートストーリー

硝子のうさぎ|ショートストーリー

『私で良かったら、教えようか?』

 大学を受験するための準備など皆がとっくに済ませている教室で、俺は打ちひしがれていた。
 それは取り敢えず高校生をやればいい、卒業したら何かしら仕事につけばいい。そんな安易な考えで、二年間を遊び呆けていたからだ。

 三学年になり、共に遊んでいた仲間たちは俺とは違っていたことに気づいた。やつらは遊んでいるように見えて、陰では必死に努力をしていたのだ、と。
 三年

もっとみる
僕のオト|ショートストーリー

僕のオト|ショートストーリー

『あと何れくらいの時間が、この僕には残されているのだろうか……』

 ふとそんなことを考えたのは、僕がこの生活を始めて三年ほどが過ぎた頃だった。
 安定の目覚め、そして安定の食事。定期的に換気のために開け放つ窓からは、その日のご機嫌を伺うように柔らかい風が吹き込んでくる。

『ありがとう。今日も気分のいいご機嫌な空だね。おかげさまで、僕も安定のご機嫌さ』

 ガシャガシャと食器の乗ったワゴンが近付

もっとみる
やがて来る|ショートストーリー

やがて来る|ショートストーリー

2028年……

枯れ葉の薫りが冷凍保存され始めた頃に
ぼくの中から星がひとつ欠けはじめた
狭くなっていく視界の片隅には一輪挿し
細やかに手入れをされていること、
それは透けたグラスから見て取れること

イカナイデ……

そう囁いたのは、ぼくではなかった
わたしよりも先に逝くなんて許さない
泣いていたのはグラスのなか揺れる、花

欠けているのは星ではなく……
星が見下ろしている、ぼくの方だった

もっとみる
夢のカタチ|ショートストーリー

夢のカタチ|ショートストーリー

 煌びやかな街のあかりが、僕の瞳を渇かしていた。誰よりも優しく、誰よりも強く。それは誰もが目指しているであろう、己のあるべき姿だった。
 はじめまして、こんばんは。笑顔を貼りつけた貯金箱が、今夜もそんな台詞を吐いている。あろうことかこの僕も、そんなモノの一部ではある。

 ネオンに溶けて無くなっていきそうな、そんな後ろ姿だった。思うよりもさきに、僕の両の足は歩みを速めていた。
 僕と一緒にいくか?

もっとみる
ぼくは、くま。|ショートストーリー

ぼくは、くま。|ショートストーリー

 ぼくは、くま。名前ならある。あそこに座っているひとに教えてもらった。ぼくは『くま』。そして最近気づいたこと。

 どうやらこれは、……着ぐるみらしい。

「ねぇ……、脱いでいい?」

「だめ」

「なんでぇ……、めちゃくちゃ動きづらいんですけど」

「だめ」

 ビーズクッションにおおきな身体を委ねる男。振りむくことすらしない男の視線は、ひだりの手のなかにあるスマホに釘付けだ。
 彼は、ずっとそ

もっとみる
ヒトは、まだ|ショートストーリー

ヒトは、まだ|ショートストーリー

「ぼくは、ヒトがこわいです」

「……ん? それは、どうしてかの」

 長老は、まっしろの長いあごひげを撫でおろしながら、ほそい目じりをさげた。

 ぼくは、そこそこ普通のくらしをしている家でかわれている、気性のあらい母親からうまれた。父親は、ぼくたちにはあまり関心のない、とても自己中なおとこだった。
 兄妹たちの世話がいそがしいといって、母親はいつもいらいらしていた。ぼくは叱られたくなくて、嫌わ

もっとみる
星にねがいを|ショートストーリー

星にねがいを|ショートストーリー

 

あのひとが星になったと、風のうわさで耳にした。ずっとずっと昔にとっくに終わっている関係だけど、涙をみせられないと背をむけて別れた相手だけど、それでも記憶のなかから消すことはできないひとだった。
 わたしが噂をしってから最初にした行動は、これもまた交友がとだえてしまっていた元親友への電話だった。

「もしもし……。わたし……わかるかな」

「……え、あか……り?」

「うん。ごめん、急に連絡と

もっとみる
風に消えた蒼い瞳|ショートストーリー

風に消えた蒼い瞳|ショートストーリー

『広場をいつも眺めている、蒼い瞳の少女がいた……』

 なにげなく流し読みしていたブログサイトで、そんなはじまりの文章をみつけた。文章は二十行ほどで止まっており、とうぜん完結なんてしてはいなかった。つぎの日も、また次の日も、そこから物語がすすむ気配はなかった。
 僕はそのサイトで、遊びごとのような文章をかいていた。まんがしか読まない僕の文章は、その道のひとから観ると腹立たしいものだったと思う。実際

もっとみる
聖なる空に|ショートストーリー

聖なる空に|ショートストーリー

「こらあ! 部屋までかばんを連れて帰りなさい!」

 玄関をあけると同時に鞄を投げおき、母のどなり声がおわらないうちに玄関をしめる。そしてぼくはそのまま、近所の公園へと駆けていく。
 週にいちどだけ、他の曜日より少しはやく学校がおわる日があった。いっしょに下校をしていた幼なじみに追いつくと、公園ちかくの彼女の家のまえで立ちどまる。

「こらあ!」

 ぼくと同じようなことを言われながら、彼女が玄関

もっとみる
罪|ショートストーリー

罪|ショートストーリー

 白い、夜だった。

 真っ黒い水面が、穏やかに寄せていた。黒い海に、紫の月がゆれている。異様なこの光景に僕は、なぜか心地よさを感じてしまった。

 足もとの砂が、転がった。

 遠くゆれる月あかりから足もとへと視線をむけ、ふと隣に気配をかんじる。幼い少女が立っていた。この子はいつから、そこに居たのだろうか。
 ほんのすこしも動かずに、じっと海をみつめている少女。しばらくそんな少女をみていた僕は、

もっとみる
きみのソラ|ショートストーリー

きみのソラ|ショートストーリー

 北校舎の一階、窓ぎわの席に座っている彼女。僕が彼女をみつけたのは、入学してまだ間もないころだった。

 彼女のいる校舎の一階と二階は、三年生の教室になっている。僕たち一年生の教室は、彼女のいる場所から中庭をはさんだ南側にあった。この南校舎の三階の廊下を歩いていたとき、ふと視界にはいった彼女の姿。ぼんやりとした表情で、南校舎のうえの空をみつめていた。
 つぎの日も、またつぎの日も、いつみても彼女は

もっとみる
夢、それは……|ショートストーリー

夢、それは……|ショートストーリー

 おおきくなったら、何になりたい?

 幼いわたしは、答えていた。おおきくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになる。可愛いね、仲良しだね。おとなは皆そういって、笑って喜んでくれていた。
 小学校の卒業アルバム。将来の夢を書くときに、わたしは少しだけ戸惑った。みんなは、なんて書くんだろう。

「なあなあ、モコ。将来の夢って、なんて書く?」

「ケーキ屋さんになりたいから……。サヨは? なにになりたいの?

もっとみる
彼女|ショートストーリー

彼女|ショートストーリー

 いつも居るはずの、佳那の姿がなかった。

 休日のボウリング場は、平日のそれよりも賑やかな場所になっていた。いつもであれば容易くみつけられる仲間の姿も、すこし人を掻き分けるように覗かなければみつからない。

「なあ、佳那しらん?」

「そういや、今日はまだ見てねーな……」

 時計を確認すれば、もう昼を過ぎている。電話をかけてみると、暗い声の彼女。どうした来ないのかと問えば、ちょっと……としか答

もっとみる