Mg.Asano
【長編小説】 初恋は実らないとひとはいう。 だれかを想うということを知った、少年少女の不器用だけど純粋な、そして切ない恋のおはなし。
「風月」 吐息は風に飛ばされて ぼくはとおい空で雲になる 目覚めた華は夜に恋して きみは針をまわしはじめた 心配なんてしなくていい なにもかもが上手くいくから 月のあかりに耳をすませば 風はやさしく瞼にうたう
「わらべな唄のよに」 雲のごとく流れるせせらぎ 水石に弾ける笑い声が陽にとける いつの日だったか つぶらな手から放たれた笹舟は 小石に挟まれ行き場を失くしていた こんなはずじゃ無かったと おの子はしゃがんで喉を潰す あぶくたった煮え立った 煮えたかどうだか解りもせずに ただ時を待つ、 その背中は静かなる雨のなかにて
「想像の杜」 身体なきひかり彷徨う夜の杜 想像の額に意識をあつめ ただひとつだけの真実をさがす さわさわと聴こえてくる 草木のうわさな声に耳をふさいで つんと張った奥深い湖水 小石を投げ込めば波紋が滅ぼす ひかり彷徨う夜の杜のなか 投げ込まれた小石は 石であることに安堵したように 想像の心を空へと解き放つ
「古酒」 去りゆく背中に魂が添い寝する ほんの少しの諦めと 確かにあった君への想いと 明日を夢みた誰かの声と 忘れてしまった昨日のゆびきり 時計のなかに閉じ込められた 涙のいろをした強めの島酒 また 今夜も 君は、 僕を酔わせてはくれなかった
「オシバナ」 逆さに流れる揃いの時間 出逢ったばかりの霞なサクラ 散りゆく蕾を雫で吊るして 風ふく枝に背あずけ眠る 空は子守唄にくるまれた どこまでも透明な独りきりの海 破壊ばかりを繰り返す そうすることの意味を知るため いつかの蝶に夜を重ね 醒めない夏の桜に夢をみる
なぁ…… どっか行かないか? 僕のなかの誰かが、そう言ったのは きっと、忙しい日々のなかで 忘れそうになっている大切な何かを 取り戻すためだったんじゃないかな…… 空へと続いていくような場所に 優しい香りの花が咲いていた…… チラシに騙された、と不貞腐れたキミの 拗ねた横顔に思わず笑みがこぼれる 牡蠣はどこ? 小さな唇をツンと尖らせて僕をにらむ ごめんごめん、僕だって騙された側だよ けど、きっといいことあるからさ…… …………ほら、ね? 僕のなかのキミは 全く興
在るべき場所にあるべき姿で…… 忘れかけていたことを思い出す そしてまた忘れてしまうがヒト 何度でもやり直せばいいのだと 教えてくれたヒトを思い出す夜 おやすみなさい、……佳き夢を。
「君雨に眠る」 やわらかく延々と降りつづく 優しい雨が好きだった 其はゆっくりと種を蒔いていく 君の温もりに似てるから じきに雨はあがり虹が遊ぶ 無邪気に足もと転がって 水たまりには恋文を映すだろう 窓の外では白い街 爪のさきまで濡れてゆく そんな雨のような君が 静かにいつまでも降り続いてた
「暗号化された夢」 暗号化されたふたつの心を 明かりのない夢のなかで ただ、ひたすら 朝まで書き続けていた 孞追、 うまく並ばない文字 透明が強すぎて歪んだ時空 胸に突き刺した筆が ゆっくりと漆黒に染まっていく 嗚呼、思い出した 確か僕は何よりも闇だった
「恋を背に」 白いツバメが鳴いた夜は 流れる風は少しだけ優しく ひと知れず流した涙の分だけ 一人静と湖へと還りゆく 春を逐われた幼き雛は 移り香残して生きては行けぬ さぁ 飛び立て 夢にまでみた桃源郷へ ひとり逞しくその翼を信じて
あの子と遊んじゃイケません 友達は選びなさい あなたのために言ってるの あの子はマイナスになってるわ うちのママというひとの言葉ときたら なんと酷い言いぐさなのであろうか これは僕の人生なんだ 友達まで親に決められてたまるかってよ ママがその気ならこっちにだって 考えってもんがあるんだよ 家になんか帰ってやるもんか ママのお小言なんて糞くらえってんだ 落ちていく、堕ちていく…… 全ては自由のなかにある幸せなんだと 痛みだとか苦しさだとか 裏切りだとか、馴れ合いだとか…
「トレヴィ」 息づかいのない杜を抜け 確かなる泉を目指して歩いていた 拾った哀しみの脱け殻には 僕の名が記されているかもしれない 捨て置くことなど出来ようか 黄昏時に杜を振りかえる 眠りから醒める音が聴こえてきた まだ生きている そう、僕は あの場所を忘れてなんかいない