先日読んだ二人称小説である倉橋由美子『暗い旅』は、現在の場面は現在形の文末表現、回想の場面は過去形の文末に書き分け、思考の揺らぎも表わす。『この世の喜びよ』は文末が混在している。著者は詩人なので「なにを書くか」よりも「いかに書くか」を期待していたのだが、ちょっと残念。(2/2)
井戸川射子『この世の喜びよ』を読む。芥川賞受賞作。社会人と大学生、2人の娘を持つ「あなた」が職場のショッピングモールで出会う客や同僚から自分の子育ての日々を想起し、淡く苦い思いを噛みしめる。静かな余情ある文章は魅力的だが、二人称で書く理由や必然性は何だったのだろうか。(1/2)
Q. 今日(2023年1月19日に)発表された「第168回芥川龍之介賞・直木三十五賞」で、芥川賞を受賞した2作品は「荒地の家族」と「この世の喜びよ」ですが、直木賞を受賞した2作品は何と何でしょう? 正解は明日のつぶやきで。 今夜のAIアートは「ポップにドーナツとジュース」
おはよう投稿、今朝はものすごく寒い! Q. 今日(2023年1月19日に)発表された「第168回芥川龍之介賞・直木三十五賞」で、芥川賞を受賞した2作品は「荒地の家族」と「この世の喜びよ」ですが、直木賞を受賞した2作品は何と何でしょう? A. 「地図と拳」と「しろがねの葉」