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2023年芥川賞上半期受賞2作品を読んで

本(この世の喜びよ)(荒地の家族)

2023年上半期の芥川賞受賞作品です。今回は2作品の受賞で、両作品ともに日々の生活での出来事を淡々と描いたものですが、「荒地の家族」は東日本大震災がモチーフになっています。

「この世の喜びよ」は、ショッピングセンターの喪服売場で働くパートの女性が主人公で、読みながら、高瀬隼子さんの受賞作「おいしいごはんが食べられますように」の描写を思い出してしまいました。「おいしい~」では実際の会社員である筆者の経験が元になっていましたが、今回筆者は教師であり、親族か知り合いの経験かもと推測してしまいました。

筆者は子育て中とのことですが、主人公の2人の娘は成人しており、受賞者インタビューで未来の自分を描いたと述べています。作品にはフードコートに通う少女が登場し、主人公と会話をしますが、主人公が筆者の未来の自分であるならば、この少女は過去の自分ではなかったか、幼い弟の子守で大変ながらも、まだ大人としての社会常識や既成概念などに囚われない、純粋な心を持ち合わせた頃の自分ではないかと思いました。

最後フードコートの少女に近づいていきますが、過去の純粋な心に触れようとした瞬間でもあるのではと感じました。

「荒地の家族」は、仙台から近い宮城県の地方都市で造園業を営む一人親方の男性が主人公です。造園の仕事を通じての日常を描いていますが、病死した先妻や再婚後に流産して家を出て行った元妻、さらには帰省した同級生の死など、仕事中心の淡々とした日常の中での出来事が、事件として描かれています。

東日本大震災をモチーフにしているのであれば、土着性の文学と定義されそうですが、かつての作家の中上健次などの土着性の作家とは一線を画する作風であると思いました。粘着質の「泥臭さ」ではなく、さらりとした「土臭さ」とでもいうような。

文学ではなく映画の話で恐縮ですが、中島丈博脚本の「祭りの準備」という作品があります。これは高知を舞台にした同氏の自伝的作品ですが、ここにも乾いた「土臭さ」を感じたことがありました。

受賞者インタビューで、東北という地で「暗くても救いがなくても書く」と述べていますが、東日本大震災を経験した土地での新たな土着性の文学が、形成されていくのだろうと予測しています。

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