2限の演習の授業に間に合った。成長。日下諗『給仕の室』の発表を聞く。「丁寧な本文解析でしたね」と先生が珍しく、というか授業始まって以来褒めていらした。確かに、「私」の「鈍太」に対する庇護欲に覆い尽くす嗜虐欲は、「私」の男性集団からの逸脱を止めるものとして機能していると読めそうだ。 昼休みは美術室。気楽にみんながガヤガヤしている時間に癒される。Aさんのセルフネイルがセミプロ級でかわいい。『海辺のエトランゼ』の良さを共有した。3限は、4限提出の課題に徹していたが、側でYさんた
朝、授業に間に合った。うまくはないが発表を終えた。テストはいい点数だった。心の底からやりたくないことでもそこそこできるよう人間の体は設計されているらしい。 昨日の二人対戦ゲームを同じ友人と。全力でやった。ロジックのあるゲームは勝ったが、反射神経を必要とするのは全敗した。 十三時から歌の練習。キーボードと二人。 一音一音の余韻がしっとりと響くキーボードに歌を重ねていくのが気持ちよかった。時折声がキーボードと区別が付かなくなる瞬間があり、一体感を感じて幸せだった。本番が
徹夜で論文要約の課題を終わらせた。刺繍をして四時なのと課題で四時なのは、寝起きの体調の良し悪しが全く違う。やめよう、徹也。目指そう、計画性の取得。 時間は飛び、二限を終えた昼休みに友達とスマホの対戦ゲームをした。スマホ一台で二人が遊べるタイプのアプリだった。しかしソファに座って友達がスマホを持ちながらやっていたので画面が見えにくく、負けの割合が多かった。次は机の上で闘いたい。そうすれば本来の実力差が測れるだろう。 DRIES VAN NOTENのデザイナー退任ショー
家を出るべき時間へと時計の針は刻一刻迫り、気がつけば刻一刻と過ぎていった。そろそろだと思うときが最も恐ろしいが、過ぎてしまったらなんてことはない。オモコロチャンネルの予想大喜利を横たわりながら聴き終えて、準備を始める。 小沢健二の『ある光』を聴きながら登校した。今もループ再生しながら書いている。「麻薬みたいに酔わせてくれる痛みを解き」と歌詞にあるが、オザケンは麻薬を知っているのだろうか。僕にとって痛みを解いてくれるのは歩くことだ。 学校に着いて漢詩を作る課題をや
今日は今期受けている授業の中で一番に好きな授業。口伝や伝統行事について毎回多くの関連書籍や全国規模の事例が紹介される。世界中の昔話を読むと、怪異や出来事、話型など共通点が見出せるものが多く、人類が何を夢見て何を恐れてきたかが、一つ一つのエピソードから自然と浮き上がってくる。世界地図がただの図像ではなく、人類の生きる土地として、全く違う輝きを放って見えてくる。そういった授業はなかなかない。 違う授業でグループ発表をした。自分の担当箇所は古典の現代語訳。丁寧にやったつもり
演奏会の出番待ち コンクールで何百校も演奏し、入れ替りで観客席に座り観覧するので、来たときにはホールにはいれない お昼たべに一人で散歩 ホール周りの静かな雰囲気とは違い、オタク文化の結構盛り上がってる街 時間が近づいたため、個人練習室へ移動 地図をみると木管金管にわかれて69室まで練習室があり、金管69号室へ行ってみることにする 会場を奥にいくにつれ、アメヤ横丁のような趣になり、いつの間にか地下になっている。ぬるっと坂を上り地上に出て、69号室へ向かう。そ
友人や先輩が書いた文章を読むときに、その人が普段話すように書いていると、いつも耳からの情報で摂取していたものが目からの情報に代わって感覚が揺れる
小川洋子さんの朗読会へ。薄々感じていたmina perhonenとのつながりが、かなりがっつりと感じられて良かった。陽気な気持ちになった。 中学高校と大変お世話になった図書室の司書さんをお誘いしての今日だった。ひそやかな偶然で、スケジュールのそこだけ空いていたらしい。六年間のお礼には及ばないけれど、幸せな時間を共有できて幸せだった。 HERMESの展示を見たり、WAKOでお茶をしたり、夕食をとったりする半日、十秒間話さないということはなかった。血を分けているんじゃないか
山手線の全線運行中止により、補講の授業が消え飛ぶ。普段確認しない大学からのメールを起き抜けに何気なく確認してよかった。タイラーメンのお店に行きたいと思っていたが月曜日は定休日らしいということに昨晩気が付き、今日はお昼どうしようと思っていたところだったので、授業もタイラーメンもない大学へ行くところだった。 しかし友人からかなり嬉しい連絡が来ていて、大学に行けなかったのが残念でもある。会わないと出来ないことはたくさんある。 最近こういった日記を必要としていなかったのは、
安眠の兆し 朝には大切な彫像が燃えている 夜の光に照らされてピンク色に輝く雲の背筋を撫でていた 布団の上を転がるベルト 立ち上がるとシャンプーの匂い 閉まってるみたいだけど 扉が少し開いてるような気がする そう思う日もあれば 思わない日もある 「この電車は本当に揺れます。」 すぐに体温を失い、傘は閉まり、旗はただの布きれになった廃校の校庭は今は公園になっており、木々に花が散り萼も残り、木々や薄白い建物もすべて遠くにある は神だ あの日の迷子のように 緑の芝生の上で人々を眺め
思い出した アンドリューワイエスの名は、堀江敏行さんの著書で見掛けた名前だ
卒業式当日。それはそれはいつも通りの朝で、時間に余裕なんてあるはずもなく、その割にはスロウペースに朝食を摂る。 満員でもはや揺れない電車を経て学校を到着し、式場に見向きもせず先ずは校舎へ。雨、降り始める。二つの用事を切れた息で済ませ式場へ向かうと、集合時間を過ぎても式場は開場せず、雨足は強まり、それでも父母間生徒間での井戸端会議が桜の木の下繰り広げられていた。傘も指さずにね。なーんだと力が抜けて、ゆっくりと動くゲジゲジのようにして話し掛けやすそうな人々の輪へ入る。思い出す
インスタが提示していたストーリーの思い出に、アンドリューワイエスの名前が どこで知ったのだっけ そういうことが増えていく
午前中部活。ホルンを吹く。後輩にホルンを教えるとはどういうことなのかわからないまま卒業を迎えそう。 十二時頃人と待ち合わせて新宿。伊勢丹で昼食をとろうとしたけれど、どの店もとても並んでいた!伊勢丹向かいのOIOIでご飯を食べました。 東京駅に見たい展示があると話すと付いてきてくれました。尾関立子さんの個展"内なる庭"。駅構内のideeというセレクトショップに併設されたギャラリー。 尾関さんは銅版画を製作していながらも、額のないまま作品を展示することが多い(版画
午後から部活。合奏では出来るけれど、指揮者に一人づつ指名されて吹くときに全く吹けないというのは、練習不足という四字熟語にまとめられてしまうだろうか。練習します。(見出しの画像は、食べたパンのビニール袋を通して取った教室の写真) その後CADAN YURAKUCHOで開催の《My Pick》へ。観たかった映像作品を観る。samak kosemさんと佐藤允さん共作の『Burning Rainbow』。二時間あっても観る覚悟だったが、十分ちょっとの作品だった。設定が複雑、と
午後から部活で学校へ。高校一年生はスキー合宿で北海道、その他高校生は全員所用でいないらしく、中学生に一人混じってホルンを吹く。合奏をすると、なんだかみんな婀娜っぽい音。前日小さな演奏会に参加して(僕はTOEICオンライン講座のため三月に入ってからは練習に出ておらず、演奏会も欠席)、舞台上での昂まりが体に残っているのか。 その後新橋へ和太鼓の演奏会。中学受験の際お世話になっていた家庭教師の先生の妹さんが出演されていた。普段は屋外でしか聴いたことのない和太鼓。まず演奏会が和