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#オリジナル
デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで
★協定その七:この家の他のことについては一切聞いてはいけない。
「また旅行?」
甲野さんはクローゼットからシャツ三着と薄手のセーターを取り出すと、出したそばから次々にベッドの上へと水平に投げつけていた。手から離れたシャツとセーターは、うすっぺらい放物線を描いて真新しいベッドの上、既に下着が置いてある横へと無事着陸。早くも入荷したてのセミダブルのベッドを、甲野さんはここぞとばかりに使い倒している
デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(青年期⑥)
★ 笑うことには何の理由もいらないよ。
外は予想以上に暑かった。見えない熱気で冷え切った身体が急速に温められていく。もうちょっと段階的でもいい気がする。根野菜のように真水ぐらいの温度から温めてみてはどうだろうか。人っていう生き物は小松菜やほうれん草よりは、どちらかと言うと人参や蓮根に似ている体型なんだから。
赤茶色と焦げ茶の入り混じった正面広場を抜け、ミユと僕はエスカレーターに乗った。待って
デリカシーの欠片すら持たない、ぼくが僕になるまで(少年期⑥)
★協定その六:月に一度はお休み(最低一週間前までには知らせておく)。
これ以上眠れないのはわかっていた。だけどもう一回だけ目をしっかりとつむってみる。浅く呼吸を繰り返し、寝ている状態を作り出す。草の湿っぽい匂いも、葉が折れるちくちくとした感じももう消えた。目の奥に、真っ暗な暗闇が広がっているだけ。面白いことは何もない。それでも五分ほど同じ姿勢に耐え、それから芝生との友情を絶った。身体を起こし、