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日記

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#詩のようなもの

牛のしっぽには星がある

牛のしっぽには星がある

 年が明けました。
 一年を、暮れるとか明けるとかで表現するたびに、ひとひもひとよも変わらないのかもなと思ったりします。

 時間の感覚ってほんとうにさまざまで、自分のなかでもさまざまで、それなのに一番はっきりしているものみたく扱われていて、その落差にたまにうっとりしてしまう。それは生きているに近いから。

 まばたきの回数で空とべたならわたし今星空にいる、とか

みたいな短歌を詠んだことがあるけ

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生活の生命活動らしさとか

生活の生命活動らしさとか

 寒い。
 痛いまではいかないけれど寒い。寒いがすぎると痛いに変わるけれど、暑いがすぎるとどうなるんだっけ。漠然と、砂漠にある熱い砂と砂の間の熱のことを思って、そのへんに夏があるような気がして、でも夜はすごく寒いんだってね、そのあたりなんだかアンティークな風格。

 強めの風がふく。
 夕方なのにもう暗くなった道でシルエットだけのコーギーを見かけて、そのあまりの足の短さに衝撃を受けたりする。たぶん

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やさしい傷口

やさしい傷口

 どこかで気球が破れている。
 ぱん、ぱん、と小気味よく、カラフルな膨らみを爆ぜている。それは遠い彼方のことで、たとえるならば昔話のようなやさしさで、今もこだましている。十月がいつの間にか終わり、霜月に入ってもまた低迷する気持ちのままだった。そんなことをいまだにやっている私が、幼くて痛い。

 このところ、過去の凄惨な事件や、刑務所内の生活、ヤングケアラーやきょうだい児、虐待に介護、それらを追うニ

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魚の瞼を感じる日には

魚の瞼を感じる日には

こんな苦しい日はどうしてたんだっけ、時間もお金ももうわからなくなってて、夜が冷たく刺してきて、それに急かされるみたいにかえる、かえる道でスタバが煌々と在って吸い込まれて最後尾につく、喉に落ち着いたチャイの温もりと、赤くなる頬、それから中也の詩集をひらけば慌てて飛び出る涙の厚みのある感じ、踏んでいた絨毯が大きな犬の毛足のようで思わず蹲りたくなる、冬の夜のことがまっすぐ愛されていてその文字を追ったあと

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醒めない遊び

醒めない遊び

 口に出すと、漏れ出していくものがある。騙すとか蝶とかそういう類のものではなくて、まっすぐな光の柱のような場面でしゃがみ込んでしまうようなそういう類の、ものがある。

 たしかな手がかりとして、ひとは朝を指すけれど、ほんとうがどこにあるのかはきっと、まだ誰も知らない。水の深さに、空の苦さに、まだ触れていない。からだの隅にいくらか積もった黒ずみの、うっかり撫でてしまえば指先にうつるやわらかな絶望達。

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匂い、匂う

匂い、匂う

八月のことはよく覚えていない。

素足でプールの水をずっとかき混ぜているように、何にも届かない場所にいた。

ギターを指で弾いて渡る際の、きゅいん、が耳の奥で溶けていく。遅くなった帰り道で自動販売機の売り切れが赤く四つひかる。マンションの階段はいつも静かだ。玄関の扉をあけると、シンクから泥の匂いがする。

いい匂いする、って言われたこと思い出す。下腹部が痛む。お互い隣に座ったまま、彼はこちら側へ抱

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思う、ばかりの国で

思う、ばかりの国で

ふと、後ろ向きに歩いてみたくなる。
それはかなり昔、幼子の頃にやったようなやさしい音頭ではなくて、かなり緻密に機械的にそういう動きで進みたくなる。進んでいるのか後退しているのか、その区別を何に委ねているのだろうと考えたとき、やはり意思の方向に向かっているかどうかだと思う。
そう考えれば、完全に進んでいることになるけれど、後ろ向きに進む時には去っていく景色ばかり見ているわけで、それが不可思議に自分か

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すこしのあいだでいい

すこしのあいだでいい

死にたくはないんだけど死にたくなって、意味もなくビンタしてみたりベッドから落ちてみたりする。雪が葉に積もるときくらいの優しさと重さと頑固さで生きてるのにどうして美しくなれない。からだが重すぎて、心が浮かばない。まったく何も映さないテレビの黒いけど透明な画面に顔が伸びていて、ずっと平面で生きてるみたい。地下鉄みたいな下半身が閉じきらなくて、まただれかにあまえてしまう。ずっとこんなふうなのかな、なんて

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みどりいろの目の彼女

みどりいろの目の彼女

 右の手首が痛む。それは、怪我をしているからだ。ガラス瓶がおちる、ひとつ、ふたつ、その瞬間両腕はそれを支えるためだけに差し出された。そしてひとつ、右手首に傷を残した。あとは、元通りとなった。 

 右手首は、動かすと痛む。特に上向きにすると痛む。下向きだとそれほど痛まない。文字を打っている今はその角度にふれて、とびとびに痛む。からだらしい痛みの動きだ。それほど深い傷には見えないのに、やはり大切な部

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蜃気楼の牛

蜃気楼の牛

 蜃気楼の牛、を読んだ。文藝界の9月号に載っている、川上弘美さんの短編小説だ。
 こういう話が、すごく好きだ。紙粘土のような、やさしい白のなか、ずっと続くようで、けれど汽車に乗っているような、生々しいのに遠さのあるような、手紙という手段がいいのか、子供の存在がいいのか、それらの配置がとてもいいのか、空間が澄んでいて、ひどく好きだ。わたしが書けばだらだら話してしまうところを、厚みのある言葉をひとつ置

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蝉時雨をほどきつつ

蝉時雨をほどきつつ

 いつまでも、身をほどかないわたしたちを、水が見つめている。
川の果ては海か土で、私のみているところからは果ては見えないからきっと海だ。手で掬えばこぼれおちてしまうその動きの中にどれほど生命らしさがあるだろう。水のほどける様が目を揺らす。

 昼の月はひどくかすれて、寝起きの体温みたいだった。ぬくくて、すこしずれている。骨がじんとして、黄金の森を掌でかきわけるような呼吸、そののちカーテンをひらいて

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金魚の足跡

金魚の足跡

 袖の中途半端な、やわらかな布をきて、彼女はわらっている。犬がその横でうんとのびている。のびると、犬は皮膚になって、おもさがそこにいる。わたしがシャッターをきれば、それがまるごと吸い込まれるようでいてそれは違って、別離が生まれるだけで、だからこそいい。熱がべったりと喉を濡らす。喉に生えた毛のことを想う、それをゆっくりさするみたいにして、声をあげた。

 昼寝から起きると、窓の外はぎんぎらに照らされ

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バス、流れるすべて

バス、流れるすべて

 バスの中は音声が溢れていて苦しい。イヤホンを忘れると外にいる柴犬をかぞえることしかできない。あかるいうちに帰ることができてよかった、と思う。街路樹の先端のほうにひかりが密集してわさわさ揺れている。雨雲がなにかしらの広告看板のむこうに見える。バスが発車する。ひかりの中へ進む。サンダルのかかとの部分が痛む。サンダルにあるクッションはクッションの持つ響きより小さい。あ、愉快な音がながれる。だれかの着信

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