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みどりいろの目の彼女

 右の手首が痛む。それは、怪我をしているからだ。ガラス瓶がおちる、ひとつ、ふたつ、その瞬間両腕はそれを支えるためだけに差し出された。そしてひとつ、右手首に傷を残した。あとは、元通りとなった。 

 右手首は、動かすと痛む。特に上向きにすると痛む。下向きだとそれほど痛まない。文字を打っている今はその角度にふれて、とびとびに痛む。からだらしい痛みの動きだ。それほど深い傷には見えないのに、やはり大切な部分なのだろうか。血管とやらが目に見えてあるからだろうか。それとも、わたしが痛みに弱いのだろうか。それは、からだにとってやかましいことなのだろうか。

 バイト中、文字に耳を混ぜれば聞こえてくるあれやこれやの物語を脳内で展開しているうちに、わたしの腕がひっかかって落としかけたのだから、わたしがわるい、そうでなくても接客中だったのだから。接客って、どうしてわたしがやっているのかわからない。向いていないと感じるのにスイッチを入れるとやけに明るく親切な像としてたちあがる接客用の彼女。タトゥーばちばちの外国人なんて相手にして、顔の造形を痛めつける程に不機嫌な顔をした中国人なんかを相手にして、ところかまわずぐずり倒す子供や、なにもかも触りたがる子供を相手にして、彼女ははつらつと全てを捌いてゆく。どうして、わたしはうまくやれないのだろう。どうして、あとになってどっとかえってくる疲労の内側にこもりきって出てこないのだろう。明日を殺めてまつわたしと、毎度、明日に生まれる彼女の新鮮な日々が交錯して、毎日が進んでゆく。

 休日、じっと感じているわたしがいる。じっとしている。蝉の事を思う。みどりいろの目をしている。じっとして、じっとみている。それと同じような顔になっている。わたしがみどりいろの目をしている。それからまた、日々が明ける。


23.0818

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