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バス、流れるすべて

 バスの中は音声が溢れていて苦しい。イヤホンを忘れると外にいる柴犬をかぞえることしかできない。あかるいうちに帰ることができてよかった、と思う。街路樹の先端のほうにひかりが密集してわさわさ揺れている。雨雲がなにかしらの広告看板のむこうに見える。バスが発車する。ひかりの中へ進む。サンダルのかかとの部分が痛む。サンダルにあるクッションはクッションの持つ響きより小さい。あ、愉快な音がながれる。だれかの着信音に反応してしまい、前後席で入れ歯をいじる二人の高齢女性が視界に入る。
バスが停まる。停留所にとまる。人が暑そうに歩いている。車内では高齢女性が今度はおしっこの話をしている。大きな絡みつく声で。車内と、車外と、車内の他人と、線引きはいくつもあって、そのどれもが強度を増していく。わたしが車内中程にひとつ座っている。
少年が乗車する。黒いキャップから白いイヤホンが垂れている。横の髪が長い。車内がいっそうぎっしりする。バスは走る。西陽と雨雲が戦っており、いまは雨雲によってくらくなっていてうれしい。ニット帽の男性がポケットをいじった際にレシートを落とす。空が青い。いわゆる夏の雲がそこかしこで沸いている。祖母が毎日お茶をわかしていた銀のやかん、その湯気みたい。色落ちした保育園を横切る。マンションと歯科、清潔な並びにセブンイレブンがちらちら混じる。街並みだ。信号待ちから発車する際にぐいっとおされてからだがふわる。街路樹がせまる。こういうときは緑だが、青いというのだろう。葉に透けるひかり、洗濯物、自転車屋さん、エキマエ。バスのナレーション女性の句読点のはっきりとした声。もうすぐです。次で降りるボタンを誰かに押される。サラリーマンらしき二名が通り過ぎる。暑そうだなあと思ってこれからわたしもそっち側だなと思う。雨雲は負けている。
 バスを降りる。イヤホンは必須だと思う。それから、夏を降りる。


23.0801

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