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日本一時帰国(老父が要介護1に進んだ2021年12月−2022年3月)
2021年の初め兄の急遽で数ヶ月日本の実家に戻っていたのですが、今年も12月から3月まで帰国しました。「もう帰ってこないの?」と尋ねる父に「年末には戻るよ。冬が来れば」と応え後ろ髪を引かれながら日本を後にしました。父は「冬が来ればまともな食事を作ってもらえる」ことを支えに7ヶ月間配食に耐えたのです。これは2022年版の一時帰国ルーティーンです。上の写真は母と兄が眠っている霊園をとぼとぼと歩く父。
2021年を振り返る。
明日で2021年も終わるので、2021年総括だあ!
1月: フランスは半ロックダウンで稽古場が閉鎖。舞台の仕事は壊滅。Onlineで活動を続ける。
兄が最期に近づき急いで日本に帰国。2週間の自主隔離。
2月: 兄の死去。葬儀、埋葬、老父の世話。
3月: 山のような死後の手続き。友人たちの助けを借りて遺品整理。フランスの業務は息子が支える。43kgまで痩せる。
4月末にフランスに戻る。鬼の
強制隔離体験記・日航ホテル退所日
2021年12月19日、3日間の強制隔離最終日の検体検査で陰性結果が出、無事に退所できました。
フランスから関西国際空港へ飛び、日航ホテルに入所しフランスから関西国際空港へ飛び、日航ホテルに入所するまで様子は下のnoteで。
日航ホテルの様子設備、食事等は下のnoteを御覧ください。
同じ日航ホテルでも状況は刻々と変わっています。例えばお弁当の仕出し会社や細かい点が今年の前半と後半では異なる
強制隔離体験記・ 関西国際空港前の日航ホテル
2021年12月16日、フランスから関西国際空港へ飛び、日航ホテルに入所しました。ホテルに入るまでの入国の様子は前回のnoteをご覧ください。
関西国際空港に到着した帰国者のため検疫所が確保した宿泊施設であるこの日航ホテルは24年前、フランスに移住する前に自費で泊まったことがあります。一泊二万円したような(うろ覚え)。朝出発する大韓航空に乗るのに神戸の家からでは間に合わないから前夜ここに泊まった
水際対策中の日本へ一時帰国。 関西国際空港から強制隔離宿舎まで
2021年12月16日、フランスからヘルシンキ経由で関西国際空港へ飛び、無事に日本入国(一時帰国)しました。続いて入国する人に役に立つかもしれないので入国手続きの状況や隔離生活についてここに記します。長いので、何度かに分けます。
兄の死去その他想定外の事態が続き、今年の年末から数ヶ月は実家の老父のために日本に滞在する、それは前々から決めていたのですが、何かと忙しくついつい12月になってしまった。
ソロのダンス公演はどうあるべきなのか。Pietragalla solo « La femme qui danse » を観て
昨夜(2021年11月26日)パリ8区のマドレーヌ劇場にてMarie-Claude Pietragallaの« La femme qui danse » を観て来ました。そこで思ったこと感じたことをつらつらと残したいと思います。
まず58歳の女性がたった独りで一時間以上の舞台を、毎日踊り続ける体力に感服する。そしてマドレーヌ劇場(709席)を連日埋めている。昨日は全席6割ほどの入りでしたが、それ
1日のルーティーン(コロナ禍の中、老父の世話をしていた日本の実家での2021年1−4月)
2019年パリで朝のルーティーンについて書いたのですが(あの頃はまだ犬が生きていたのだね)、これは兄の急遽で日本の実家に戻っていた2021年の1月から4月まで行っていたルーティーン。次回日本に戻ったときの参考、反省のために記したいと思います。写真は実家近くの公園。
これは兄の臨終の前後のバタバタが収まり、朝のルーティーンが定まってきた頃のものです。
八時までに起床。排泄の後、脱衣の状態で体重を