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目目、耳耳

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美しき、百“希”夜行(夜天/女王蜂)

今、『先が見える人』と『先が見えない人』は、どちらの方が多いんだろう。

終わりが見えないなんちゃらウイルスに、もしかしたら明日起こるかもしれない震災に。

行きたい場所へ、行けない。

誰かに会いたいのに、会えない。

ピリピリした現実。

あっちを向いても、こっちを向いても、一寸先は闇。

自分のこともそうだけど、自分が好きな人達も。

たとえば、好きなミュージシャンのこと。

僕の大好きなバ

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白湯もすっかり冷めていた(フリッツ・ラング監督『M』)

白湯もすっかり冷めていた(フリッツ・ラング監督『M』)

フリッツ・ラング監督の『M』を見た。90年以上前の映画。友人がディスクを貸してくれた。

「すごく怖いよ」と勧められ、「ホラーは怖くないって言ったから、なんか、ものすごく怖いホラーとかか」と思ったけど、どうやら違った。サイコスリラーの元祖らしい。

あれか。「死んだ人間より、生きてる人間の方が怖い」って言ったからか。なるほど。腑に落ちるチョイス。

『M』は、巷を騒がせている少女連続殺人事件の犯人

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十八歳の彼が一五〇〇円でやりくりしていたものを、検討してみる。

十八歳の彼が一五〇〇円でやりくりしていたものを、検討してみる。

煙草をひと箱。
ホットドッグを一本。
文庫を一冊。
コーヒーを二杯。
それから、三本立ての安映画。

――吉田篤弘『フィンガーボウルの話のつづき』p172より引用

このすべてを携えて、一日を過ごしてみたいと思った。

でも、おおよそ無縁なものが二つか三つあるので、むずかしいな、とも思った。

「煙草をひと箱。」

煙草を吸ったことはない。

煙が苦手。副流煙と主流煙は、別物だと思うけど。それに、

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「この先は関係なさそうだ」(かわいそ笑/梨)

「この先は関係なさそうだ」(かわいそ笑/梨)

ホラーゲームの実況プレイ動画をよく見る。

実況動画は、ホラーゲームのプレイを追体験できる。訳ではない。熟練のプレイヤーの場合は、プレイが安定しているので、恐怖演出が挿入されても、あまり怖くはない。(逆に、操作がおぼつかない場合は、プレイヤーのリアクションを楽しむことがほとんどなので、やはり怖くはない。)

ホラーゲームに限らず、ゲーム内のプレイヤーは逃走する、あるいは反撃する等の手段があり、もし

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見逃したとて、(風街のふたり/カシワイ)

見逃したとて、(風街のふたり/カシワイ)

ひとりでいると、声を出すことがない。本当にない。ことを、意識することがない。のを、老人が、自宅に入ってきた少女に声をかけるシーンで、ふと思った。そこに意味なんてないだろうけど。

昔から、ひとりでどこかをうろつくのが好きだった。知っている場所でもいい。知らない場所でもいい。知っている場所でも、ふいに、見知らぬ場所に見えることがある。いくら知っても、知りつくすことがない。ぼくが、今住んでいるこの町も

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ぼくに、呼吸させてくれたもの(センス・オブ・ワンダー/レイチェル・カーソン)

ぼくに、呼吸させてくれたもの(センス・オブ・ワンダー/レイチェル・カーソン)

ターシャ・テューダーしかり、自然を愛する人に、その愛し方に惹かれる。それは、ぼくも子どものころ、自然を愛していたからだと思う。

針葉樹の葉は銀色のさやをまとい、シダ類はまるで熱帯ジャングルのように青々と茂り、そのとがった一枚一枚の葉先からは水晶のようなしずくをしたたらせます。

――本文より引用

レイチェル・カーソンが目に見えるものを例え、それを想像し、その度に思い出す景色があった。どれも、子

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額装する人(小さい人 川上陽介作品集)

額装する人(小さい人 川上陽介作品集)

ここに、「  」がある。

「  」は、誰でも見える。誰でも触れられる。

でも、誰に訊いても、言うことが違っている。見聞きしているものは、「  」に違いないのに。それを、寂しいと感じることもあった。幼いころは、特に。

けれど、誰のものでもありながら、同時に、自分にだけ見えて、触れられるものでもあった。たとえ、誰かには取るに足りないものでも、ぼくにとっては特別だった。目に見える美しいものは、ぼく

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絡んで、絡めて、解かないで(愛情観察NEO/相澤義和)

絡んで、絡めて、解かないで(愛情観察NEO/相澤義和)

3年前の記事に、「女の子の、背中やお腹が好き。」とこぼしていた。変わってなさすぎる。3年なんて、変わるには短いか。というか、変わるもんなのか。性癖というか、フェチというか。どうでもいいだろうけど、お腹の方が好きです。

それなりに人と交際したことはあるのに、恋愛したことはろくにない気がする矛盾。そういえば、女の子と付き合ったことはない。(好きになったことはあるけど、そもそも当時ぼくの方が付き合って

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ぼくと「ぼく」のこと。もしくは、孤独の和らげ方。(雲と鉛筆/吉田篤弘)

ぼくと「ぼく」のこと。もしくは、孤独の和らげ方。(雲と鉛筆/吉田篤弘)

平日の住宅地は、とても静かだった。ぼくのアパートの近所の話じゃなく、少しだけ遠出したときの。

この「少しだけ」は、自転車で20分くらいのこと。遠出と言えるほどの遠出じゃないと思う。でも、その住宅地へ訪れたことはあんまりなかったから、ぼくにとっては遠出のようなものだった。近くても遠くても、知らない場所であることに変わりはない。

と、同じようなことを、『雲と鉛筆』の「ぼく」も言っていた気がする。

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勝手に、勝手に(件/内田百閒)

勝手に、勝手に(件/内田百閒)

「人生の意義」がWikipediaにあった。

哲学から。心理学から。あるいは、経済学から。さまざまな見解から。答えだけが載っていない。当たり前なのだけど。

人生に意義も意味もない。と、ぼくは思っている。し、そう思っているのは、ぼくだけじゃないだろう。けれど、意義も意味もなければ、なぜ生きているのか。生きなくたって、いいじゃないか。そう考える人がいるので、あの手この手で、人を現世にとどめようとす

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滑る指先、滑ることば(湖とファルセット/田村穂隆)

滑る指先、滑ることば(湖とファルセット/田村穂隆)

水草が川面を覆う 忘れなさいあの日あふれた言葉のことは(p108)

たまりの水は腐る。流れる水は腐らない。と、いつかどこかで読んだ。たしかに、海なり湖なり腐るのは見たことがない。(赤潮とか、あれは腐っているわけじゃないか。)

海も湖も、あと池も、とどまっているようで、どこへでも行く。理由は他にもあるだろうけど、理由らしい理由はそれだろうか。ぼくが、水場を好きな理由。蛇口から水が流れる様を見るの

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知らない、知らない(なにごともなく、晴天。/吉田篤弘)

知らない、知らない(なにごともなく、晴天。/吉田篤弘)

まずいコーヒーのことなら、いくらでも話していられる。

――本文より引用

で、始まる小説を、まさしくまずいコーヒーをすすりながら再読していた。「まずいコーヒー」は、どこかの誰かを悪く言っているわけじゃなく、いや、どこかの誰かではあるのか。他ならぬ自分自身。

焙煎に失敗した豆を、試飲していた。まずいというか、クセがひどいというか。とにかく、飲み進めることができない。そういえば、同氏の小説には、「

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「30歳までに死」なない人達の話(陰火/太宰治)

太宰治に『晩年』という題名の小説はない。『晩年』は、作品十五篇を集めた第一創作集に付せられた総題であるのだ。(中略)太宰治は自殺を前提にして、遺書のつもりで小説を書きはじめたのだ。

――奥野健男『解説』p333より引用

こんなに、文字どおりじゃなかったことがあるだろうか。いや、ない。と、解説に辿り着いたぼくは訝しんだ。てっきり、未完の絶筆だとばかり。(でも、よく考えてみれば、『グッド・バイ』と

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遭難したときは、(ハイライトと十字架/kazumawords.)

遭難したときは、その場から動くべきじゃないらしい。それは、その通りなんだろうけど。助けが来ないことが、わかりきっていたら。自分でなんとかするしかないと、知ってしまったら。それでも、動かない方がいいんだろうか。



しんとしていた。音がなかった。そんな読後感だった。雪が静かに、切れ目なく降り積もり。気付けば、身動きできないほど埋もれている。よく見れば、それは雪じゃなく灰で。溶けてくれないし、どけ

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