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額装する人(小さい人 川上陽介作品集)

ここに、「  」がある。


「  」は、誰でも見える。誰でも触れられる。


でも、誰に訊いても、言うことが違っている。見聞きしているものは、「  」に違いないのに。それを、寂しいと感じることもあった。幼いころは、特に。


けれど、誰のものでもありながら、同時に、自分にだけ見えて、触れられるものでもあった。たとえ、誰かには取るに足りないものでも、ぼくにとっては特別だった。目に見える美しいものは、ぼくにとって美しいもの。ぼくの宝物。


『小さい人 川上陽介作品集』


『小さい人』は、安直に考えれば、子どもを指すだろうか。でも、『小さい人』という言い回しに、子どもを、子どもが見る世界を、一人の人間が見る世界として尊重するような、あたたかさを感じる。


あるいは、『小さい人』は、そこに描かれている彼らを指すだろうか。すべてではないにしろ、人が描かれているものが多い。


彼らは、わかりやすく読みとれる表情をしていない。複雑である、と言いたいのではない。ただ、そのとき、その場所での彼らの表情を、そのまま、誇張なしに描いているように見える。


絵の中には、色調がやや暗いものもある。けれど、絵そのものを暗いとは感じない。むしろ、自然光が射している、薄暗い部屋に過ごしているような、落ち着きを覚える。もしくは、叱られたときに、机の下に潜りこんだときのような。そんな、懐かしさがある。


『小さい人』は、自分だろうか。他人だろうか。あるいは、自分の中にいる誰かだろうか。(それも、自分には違いないが。)それは、それこそ、観賞した人によるんだろうけど。


でも、昔から抱えてきた思いが、絵の――彼らに映っているような気がして。時には揶揄された思いを、丁寧に額装してくれた。そんなことを考えるだけで、絵がより優しいもののように思う。


ここに、「  」がある。


「  」は、誰でも見える。誰でも触れられる。


子どものころは、立ち止まってまで見たかったもので、大人になってからは、気付かず通り過ぎてしまうもの。目を逸らしていいものがあるなら、じっと目をこらしていいものもあるはずだから。


つかの間でも立ち止まって、彼らと目を合わせれば、きっと、忘れていた思いを、宝物を、思い出せる気がした。


『小さい人』

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小さい人 川上陽介作品集(2022年)

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