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  • 三島由紀夫「憂国」以後の短編感想

    三島由紀夫「憂国」以後の短編の感想をまとめています。読むときの参考になれば幸いです。

記事一覧

梶井基次郎「蒼穹」

雑談なんかこう、張り切られすぎると逆に引いちゃう心理が人間にはある。さくらももこ氏の「ちびまる子ちゃん」にもそんな話が出てきた(あれはなかなか人間風刺の効いた…

三島由紀夫「中世」

本作「中世」は三島由紀夫が「王朝もの」を書くだけ書いた後に書かれた「中世もの」に当たる。「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」や「菖蒲前」(それぞ…

三島由紀夫「菖蒲前」

菖蒲前 本作は鵺退治で知られる源頼政と側室の菖蒲御前の物語で、タイトルは彼女の名から。 なお頼政は酒呑童子伝説で知られる源頼光の玄孫(孫の孫)に当たる。化け物退治…

三島由紀夫「肉体の学校」「複雑な彼」

三島由紀夫の通俗小説に、今さら読む意味を見出す人間はほとんどいないだろう。 実際筆者が単なる物好き/マニア的な興味から読んでいると言われても文句は言えない。 ただ…

最近読んだ海外文学と詩

まずはフィリップ・ロス「いつわり」(1990年発表)。200ページそこそこの作品だが、読むのにすごく疲れた。  意欲作っちゃ意欲作で、フィリップ・ロスを思わせる作家の情…

三島由紀夫「哲学」

前半部 宮川という男はひどい「無感動」、洒落て言えば「ニル・アドミラリ」の体現者であり、哲学だけに打ち込む「勤勉な学生」である。 そんな彼の「心胆をはじめて寒か…

三島由紀夫「白鳥」

本作に本物のハクチョウは出てこない。これは「N乗馬倶楽部」の「純白の馬」の名前なのだ。 邦子には前々から「雪の朝(略)白鳥を乗り回したい」という望みがあって、「白…

三島由紀夫「接吻」「伝説」

当記事で扱う作品は「接吻」「伝説」の二篇。三島の柔らかな部分が特によく出た作品群である。 特に「伝説」は、読むたび心がふわりと明るくなる。よければそこだけでも読…

三島由紀夫「婦徳」

婦徳あらすじ。 ①佐伯と顕子は今夜、不義の恋を果たそうとしている。だが顕子は「私に操を破つたといふ幻影をまづ与えて」ほしいと要求し、佐伯はやむなく応じ一時間後に…

三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」ほか一篇

前書き 戦前の三島の作品は読むのが難しい。結局は筆者の読みたい方向に寄せているだけに思えて不安にもなる。 そのため、筆者は先に作品の方向性を確かめ読んでいる。…

三島由紀夫「檜扇」

雑談 突然他作家への他作家の話から始めて申し訳ないが、中上健次という作家が谷崎潤一郎を評して「物語のブタ」と呼んだのはご存知だろうか。 物語というものは、ある価…

三島由紀夫「曼陀羅物語」他一篇

曼陀羅物語 主に真言宗で用いられる、様々な仏たちの図であり、ユングに集合的無意識を気づかせた。 本題。 「むかしあるところに仏教の栄えてゐる王国があった。」―昔…

三島由紀夫「にっぽん製」「恋の都」

三島の娯楽小説は(ほぼ)つまらない。「命売ります」はそれなりだが二度は読めない。 ただこの前読んだ「複雑な彼」が面白く(今度「肉体の学校」とまとめて扱うつもりだ…

萩尾望都「真夏の夜の惑星《プラネット》」

【雑談】軽くシェイクスピアを引用できたらかっこいいだろうなと思う。たとえば私がどこかで小説を書くとして、「○○○○○(シェイクスピアのなんかカッコイイセリフの…

三島由紀夫「海と盗人」

二〇二三年十二月一日―つまりちょうど半年前、三島由紀夫の未発表短編が見つかったニュースは、読者の皆様の方が詳しいと思う。 タイトルは「海と盗人」。 今年三月に「夏…

フィリップ・ロス「プロット・アゲンスト・アメリカ」

あらすじ:第二次大戦時、元飛行士にして反ユダヤ主義者のリンドバーグが大統領になっていたら歴史はどうなっていたか、ユダヤ人一家の子どもの目線から語る小説。 全体で…

梶井基次郎「蒼穹」

梶井基次郎「蒼穹」


雑談なんかこう、張り切られすぎると逆に引いちゃう心理が人間にはある。さくらももこ氏の「ちびまる子ちゃん」にもそんな話が出てきた(あれはなかなか人間風刺の効いた作品である、世が世ならスウィフトと並び称されていただろう)。
徒然草にも張り切り屋の失敗談がある(坊主連が稚児を楽しませようと弁当だったっけ、を紅葉の下だかに埋めるも持ち去られてしまうのである)。

梶井基次郎の文章もまさにそれで張り切り過

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三島由紀夫「中世」

本作「中世」は三島由紀夫が「王朝もの」を書くだけ書いた後に書かれた「中世もの」に当たる。「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」や「菖蒲前」(それぞれ以前扱った、暇なら読んでほしい)を通じて、「金閣寺」まで繋がる系譜かと思われる。

読んだ感想としては、あれあれ、藤原定家の「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ」―華やぎの不在が大きい空虚となり逆説として輝く―そんな感じ。

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三島由紀夫「菖蒲前」

三島由紀夫「菖蒲前」

菖蒲前
本作は鵺退治で知られる源頼政と側室の菖蒲御前の物語で、タイトルは彼女の名から。
なお頼政は酒呑童子伝説で知られる源頼光の玄孫(孫の孫)に当たる。化け物退治の才覚も隔世遺伝するのだろうか。

本題に戻ると、三島の初期作品の常として書き出しが素晴らしい。少し長いが雰囲気を掴むため引用する。

以下、「序」「破の一段」「破の二段」「破の三段」「急」の五幕それぞれで筋を追っていく。



ここで

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三島由紀夫「肉体の学校」「複雑な彼」

三島由紀夫の通俗小説に、今さら読む意味を見出す人間はほとんどいないだろう。
実際筆者が単なる物好き/マニア的な興味から読んでいると言われても文句は言えない。
ただ、改めて言えば1963年発表の「肉体の学校」及び1968年発表の「複雑な彼」は、どちらも小説の技法として小慣れてスマートであり、一種「消耗品」としての美しさを保っている。
そう、筆者は思うが、「百年残る文学」などいう大義名分を掲げたときか

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最近読んだ海外文学と詩

まずはフィリップ・ロス「いつわり」(1990年発表)。200ページそこそこの作品だが、読むのにすごく疲れた。
 意欲作っちゃ意欲作で、フィリップ・ロスを思わせる作家の情事の様子を会話文だけで書いた実験的なオート・フィクションなのだが、中身は「ユダヤ人性とは……」云々(と生活に疲れた中産階級女性とのロマンを欠いた情事)であり、貧乏弁当そっくりの国旗を掲げる国に住む筆者には、その重要性がピンとこないの

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三島由紀夫「哲学」

前半部

宮川という男はひどい「無感動」、洒落て言えば「ニル・アドミラリ」の体現者であり、哲学だけに打ち込む「勤勉な学生」である。
そんな彼の「心胆をはじめて寒からしめ」たのは、「胸の高さぐらゐある屋上の囲ひの上へ(略)とび上つて、幅一二尺(※30〜60cm)のところを両手を鳶のやうにひろげて平衡をとりながら渡りはじめた」「命しらずな女学生」の姿だった。
後日彼は女学生に直々、「(略)あの危い真似

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三島由紀夫「白鳥」

本作に本物のハクチョウは出てこない。これは「N乗馬倶楽部」の「純白の馬」の名前なのだ。
邦子には前々から「雪の朝(略)白鳥を乗り回したい」という望みがあって、「白いウールの乗馬服、白い乗馬袴(略)手袋まで白キッド」と白づくしの衣装で乗馬クラブに向かうのだが、その「夢心地が倶楽部の休憩室へ入つたとたんに崩れてしまつた」。

というのは、白鳥には高原という「むつつり屋の青年が」乗っていたせいである。

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三島由紀夫「接吻」「伝説」

当記事で扱う作品は「接吻」「伝説」の二篇。三島の柔らかな部分が特によく出た作品群である。
特に「伝説」は、読むたび心がふわりと明るくなる。よければそこだけでも読んでくれると嬉しい。

接吻

「一体この詩人は何を考へてゐるのだらう。」

自然なユーモアから始まる本作は、読む限りこんな話だ。
「心優しいヘボ詩人Aがあるお嬢さんに告白し、キスしようとするもほろ苦い土産と引き換えに失敗する……」

お嬢

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三島由紀夫「婦徳」


婦徳あらすじ。
①佐伯と顕子は今夜、不義の恋を果たそうとしている。だが顕子は「私に操を破つたといふ幻影をまづ与えて」ほしいと要求し、佐伯はやむなく応じ一時間後に再び訪れることを約束する。
②顕子は「操を破つたといふ幻影」を自らに与えるため、部屋に不倫の証を人為的に残す。
③しかし夫が帰ってきてしまう。二人の逢瀬は破綻し、また夫も顕子によって人為的に作られた不貞の証拠―「落ちちらばつたヘア・ピン」

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三島由紀夫「中世に於ける一殺人常習者の遺せる哲学的日記の抜萃」ほか一篇



前書き

戦前の三島の作品は読むのが難しい。結局は筆者の読みたい方向に寄せているだけに思えて不安にもなる。
そのため、筆者は先に作品の方向性を確かめ読んでいる。もし読み間違っていたとき間違いがどこにあったか明白にするためである。

今回、「中世に(略)」及び「エスガイの狩」を扱うが、両作品に通じるのは極めて明晰な文体である。「花ざかりの森」系列に位置する朦朧とした文体ではなく、鋼の板のような文

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三島由紀夫「檜扇」


雑談
突然他作家への他作家の話から始めて申し訳ないが、中上健次という作家が谷崎潤一郎を評して「物語のブタ」と呼んだのはご存知だろうか。

物語というものは、ある価値のヒエラルキーを内包し、貴賤・上下・善悪……を続々と生み出していく。
かつてこれを批判する、「物語批判」なるものがポストモダン批評と持て囃されたが、彼らが忘れているのは人間が快楽を欲する生き物という事実である。単純な構図でもぞんざいな

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三島由紀夫「曼陀羅物語」他一篇


曼陀羅物語

主に真言宗で用いられる、様々な仏たちの図であり、ユングに集合的無意識を気づかせた。
本題。
「むかしあるところに仏教の栄えてゐる王国があった。」―昔話風の語り出しからこの国の人々が「王の誕生日の祝ひに」唯一無二の曼陀羅を創ろうと切磋琢磨していることが明かされる。
その後は二流詩人の美しい抒情文が塗りたくられ―「ゆく雲の翳を悲しんでゐる邑々」だの「朝のひかりが最後の星のまたたきをふき

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三島由紀夫「にっぽん製」「恋の都」

三島の娯楽小説は(ほぼ)つまらない。「命売ります」はそれなりだが二度は読めない。

ただこの前読んだ「複雑な彼」が面白く(今度「肉体の学校」とまとめて扱うつもりだ)、その勢いでパッパラパッパラ読んでしまった。
読んだからには書く。書くが読むに足る中身はなく、単に機知が富んでいたり、個性の煌めきが覗けたりする落ち穂を拾う記事である。了承願いたい。

にっぽん製服飾デザイナーの美子と柔道家の正。彼らの

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萩尾望都「真夏の夜の惑星《プラネット》」


【雑談】軽くシェイクスピアを引用できたらかっこいいだろうなと思う。たとえば私がどこかで小説を書くとして、「○○○○○(シェイクスピアのなんかカッコイイセリフの引用)」「おいおい、今どきシェイクスピアとは昔かたぎだねぇ」なんて会話を挟めたら、ちょっとかっこよすぎないか?

と思って松岡和子氏の訳でシェイクスピアを読んだ……が面白さは分からなかった(一応書いておくと松岡氏の訳文はシェイクスピアの韻文

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三島由紀夫「海と盗人」

三島由紀夫「海と盗人」

二〇二三年十二月一日―つまりちょうど半年前、三島由紀夫の未発表短編が見つかったニュースは、読者の皆様の方が詳しいと思う。
タイトルは「海と盗人」。
今年三月に「夏の海」という題で「岬にての物語」「海と夕焼」その他三編とまとめて出された(遠藤周作氏の「影に対して」を思わせる経緯だった)。

ここで全文を引用したい。初期の習作ということもあって分量が少ないし、それだけの価値がある作品だとも思うから。

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フィリップ・ロス「プロット・アゲンスト・アメリカ」

あらすじ:第二次大戦時、元飛行士にして反ユダヤ主義者のリンドバーグが大統領になっていたら歴史はどうなっていたか、ユダヤ人一家の子どもの目線から語る小説。

全体では531ページあるが、様々な補足資料(または訳者の親切心)が加わるので本文は480ページほど。
全九章を使い、リンドバーグが大統領の座に就いてからアメリカに潜在的にあったユダヤ人への憎悪が露わになっていく過程を子どもの目から捉えていく。 

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