三島由紀夫「白鳥」

本作に本物のハクチョウは出てこない。これは「N乗馬倶楽部」の「純白の馬」の名前なのだ。
邦子には前々から「雪の朝(略)白鳥を乗り回したい」という望みがあって、「白いウールの乗馬服、白い乗馬はかま(略)手袋まで白キッド」と白づくしの衣装で乗馬クラブに向かうのだが、その「夢心地が倶楽部の休憩室へ入つたとたんに崩れてしまつた」。

というのは、白鳥には高原という「むつつり屋の青年が」乗っていたせいである。
ところが、高原はすんなり白鳥の背を譲り、彼は栗毛の馬に乗り換えてくれる。
こうなると申し訳が立たないのは邦子の方で、「さんじゆつ分ほど乗りまわし」たあとで邦子は白鳥を高原に譲り渡す。

こうして二人は楽しく時を過ごし、「けふは白鳥を満喫しましたね」と笑い合うが、この言葉を聞いたクラブの他の会員たちは「このお転婆なお嬢さんは青年と一つ馬に相乗りをしてゐたかしらと」不思議がる。
そう、「恋人同士といふものはいつでも栗毛の馬の存在を忘れてしまふものなのである。」

まったく困ったものだと、栗毛の馬の代訴人として筆者は訴えざるを得ない。
それはそれとして、読者諸氏は白鳥と栗毛の馬のどちらに当たるだろうか。

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,685件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?