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今夜、ジャカルタの心臓部を喰らう





前編

連作:1


Pantjoran Chinatown PIK











雷が落ち、議事堂の丸屋根を照らしだした
雨が肌に心地いい

”ここに立っていると、世界を迎え撃てそうな気がしてくる”



後に、”史上最大の殺し”ーケネディ暗殺に向かって疾走を始める元FBI局員、ケンパー・ボイドの言葉

ジェイムズ・エルロイ「アメリカン・タブロイド」









連作:2

今夜、ジャカルタの心臓部を喰らう








INDONESIA
NORTH JAKARTA

Pantjoran Chinatown PIK


3

17:00





CENTRAL JAKARTA
2023




TAXIタクシーはPIKエリアの中心地を走り抜け、左ウィンカーを点けてホテルのゲートを潜った

20m先のSECURITY GATEセキュリティゲートから制服を着た警備員が二人現れて、一時停止を求められる

運転手が窓を下げて、警備の男とインドネシア語で短く会話をし、次に男は後部席のわたしに,、挨拶だけはインドネシア語、以降は綺麗な英語で話しかけて来た


——”Selamat Sore.
こんにちは、ミスター。このホテルへはご滞在でしょうか。それともどなたかとのお待ち合わせでしょうか”


滞在です、と短くにこやか回答すると、もうひとりの警備員はその間に長い棒の先に鏡がついた特殊な器具を用いて、TAXIタクシーの外周をゆっくり回りながら、車体の下に爆発物が隠されていないかを確認しはじめた


わたしは、話しかけてきた男に求められパスポートのコピーとKITASキタス(在留証明書)を手渡すと男は爽やかに、そして弁解するようにこういった


——”日本の方ですね。このようなお手間を取らせて本当に申し訳ありません”


印象的な男だった
夕暮れでも気温は35度以上はある高温多湿のジャカルタで、長袖のシャツに警備のジャケットのボタンを全てとめていても、男は汗ひとつかいていない

タイトなジャケットの裾にはさりげないが、これ見よがしのガン・ホルダー
このホテルで何か事を起こそうと企んでいる相手を、無言で封じ込め込めようとするような強烈な意志さえ感じる
辺りにプロフェッショナルの仕事の濃い気配が立ち込めている・・・

爆発物を探していたもうひとりは、最後にTAXIタクシーのトランクを運転手に開けさせて、そこにも危険物がないとじっくり調べた後でにこやかに微笑みこういった




——”大変お手数をお掛け致しました”





CENTRAL JAKARTA
2022




SECURITY GATEセキュリティゲートを抜けて直進方向に進むと、ホテルのエントランスが見えてきた

TAXIタクシーが車寄せに停めると、ホテルのポーターがさっと現れてトランクからわたしのスーツケースを運び出す

次はホテルへの入館前の身体検査だ

30代と思しき、キリっとした顔立ちの綺麗な女性警備員に求められ、スーツケースと手持ちのトートバッグを預けX線検査機のコンベアに乗せられる

彼女の背後にはインドネシアの伝統服”BATIK”の魔術的な柄を用い、裾がくるぶしまであるロングスカートを身に着けた長身の男性スタッフが、インカムで小声で誰かに何かを連絡していた

わたしは両手を上げて素早い身体検査を受けて、金属探知機のゲートを通過し、何も異常がないとわかると、彼女らは柔らかく微笑みながらこういった



——”大変お手数をお掛け致しました”






——ここジャカルタはこれまでにも数回、ISILの戦闘員によるテロ攻撃を受けている都市でもある

直近では2016年の中央ジャカルタのSarinah Mallサリナモールの爆破事件で、事件後の路上の銃撃事件で民間人四人とテロリスト四人が命を落とし——

2002年と2005年も同様にバリ島で発生し、テロリストたちの標的の多くが外資系の商業施設なのだ
今回の宿泊先のホテルは、その外資系の代名詞ともいえるホテルで、チェックインの前にこれだけ厳重な警戒態勢をとっているのも、仕方ないといえば仕方ないのだ

中央ジャカルタの高級ショッピングモール、「GRAND INDONESIA MALLグランドインドネシアモール」や「PLAZA INDONESIAプラザインドネシア」へ入館の際にも同様のSECURITY CHECKセキュリティチェックを受けたことがある

いつ、どこで発生するかが予測できないテロリズムの恐怖は、日本ではほとんど無用の心配なのかもしれないが、ここは混沌のインドネシアの首都、ジャカルタの、それも心臓部とも呼べる”PIKエリア”の、まさに中心地なのだ




Sarinah mall
CENTRAL JAKARTA
2022









NORTH JAKARTA

Pantjoran Chinatown PIK


HOTEL


4

17:15




lobby
インドネシアの伝統服”BATIK”に身を包み歓談している男たち




ホテルの正面入り口の大きなガラス扉をドアマンが開けてくれて、一歩中に入るとほどよく空調の行き届いた室内に涼やかな心地よさを覚えた

高い天井の吹き抜けの巨大なホール、光量を抑えられた豪華なシャンデリア
向かって左手に宿泊客でごったがえすチェックイン・カウンター
その壁沿いの隣にティー・ラウンジとバー・ラウンジが並び
飾り棚にアンティークが並べられたコンシェルジュ・デスク、エレベーターホールを挟んで右手に高級中華のレストランも見える
中庭に面したラウンジのそばの自動演奏が奏でるピアノは軽快なモーツァルトで、その前を多くの宿泊客が交差するように行きかっている

その間に等間隔で落ち着いた色合いの円形のソファが点在していて、多くのひとびとが歓談している




BAR LOUNGE




このホテルに宿泊することを強く推薦してくれたのは、わたしの
〈六か国語を操る華僑のゲイ〉の友人ーJeanジャンだった

ジャカルタへ行くことを決め、航空券エアチケットを押さえた後で、彼がWAで強く勧めてくれたのだ

送られてきたURLーブッキング・サイトを開くと高層36階建てのクラシカルなホテルが画面に浮かび上がり、所在を調べるとPIKエリアのど真ん中に鎮座していることがわかった



短期滞在で重要なのは何より場所ロケーション



しかもここはジャカルタの心臓部ー”PIK”
”世界最悪の渋滞”を引き起こすエリアで、それに絡めとられると通常の10倍もの移動時間を強いられるPIKエリアなのだ
だから宿泊場所は厳しく注意を払って決めなければ、身動きが取れないまま時間だけが過ぎていくことになる

場所ロケーションに問題はなく、確かに快適そうなのは間違いなかったが、サイトで値段を調べるとため息が漏れた

ここの一泊の料金で、以前宿泊した中央ジャカルタの五つ星の二倍強、先月宿泊したSolo Cityソロシティーの五つ星の三倍強にまで跳ね上がるのだ・・・

しかし、ここインドネシアでの唯一とも呼べる友人が強力推薦してくれるホテルでもある

今回は二泊三日だったので、一泊だけここで贅を尽くし、翌日はグレードを落としたホテル、もしくはGUEST HOUSEゲストハウスで帳尻を合わせば決して不可能な価格でもなかった・・・

基本的にベッドとシャワー、それにライティング・デスクさえあればわたしは何も不都合はないのだ

もしデスクがなかったとしても、近くのカフェやBARカウンターを利用できれば〈note〉の記事を書くことは可能だからだ


そう思い決めたときに、Jeanジャンからの再度のWAのメッセージが届けられた


それに依ると、このホテルの内装や雰囲気が掴めて、何も問題なければブッキング・サイト経由で予約はしないで欲しいとのことだった

結論からいうと、このホテルにはJeanジャン「友人の知人の兄妹」が現役のここのホテルスタッフの、それも上層部で働いているらしいのだ

要するに、その小さなコネクションを利用すれば、「従業員割引制度」と「株主優待制度」を利用してかなり抑えた価格で宿泊できるという

条件は「二泊以上の連泊」で、Jeanジャンから転送されてきた英文の案内書をざっと読むとそのようなことが書かれていた
そして文末に提示されていた料金は驚くほど抑えられえた価格だった

二泊の連泊で利用しても、今度は逆に中央ジャカルタの五つ星の二泊分の料金を大きく下回っている・・・

Jeanジャンのメッセージは、最後にこう続いていた

”もちろん部屋まではお選び頂けないのですが、まだ日数があるのでこちらで可能な限り調整します。だから何も心配しないで”

結局、この一回り以上も年下の友人の好意に甘える形で、丸投げしたようにしてここに来たのだ・・・





HOTEL



広大な広さを持つエントランス・フロアを眺めていると、右手の円形のソファからひとりの若い男が軽やかに微笑みながら立ち上がった



Jeanジャン——



会うのは三ヵ月振りだが、伊達男ぶりは相変わらずだ

まるで冷たい水に濡らしたかのような艶やかな光沢を放つ黒のショートジャケットは、無駄な装飾が一切排されたシンプルかつタイト、究極のミニマリズムを体現したようなシルエットで、その着丈さえもがベルトの位置にまでに短く抑えられている

間違いない
Hedi Slimaneエディ スリマンのデザインだ

〈少年性とロック〉を創作の中心に据えた、現役最高峰のデザイナーのひとりで、世界中に熱狂的なファンとコレクターを持つ疑いようのない
”百年にひとりの天才”でもある
たしか、”CELINE”がラスト・コレク——



おや?



あれ?



Jeanジャンはわたしに近づいてきて、右手を差し出しこういった




——”さわまつさん・・・”




もちろんわたしには握手をする習慣などないが、ここは外国だ
それも他民族国家のインドネシアだ
出された右手を意識して力強く握り返し、Jeanジャンの整った顔立ちにどこか昏いくらいかげを見て取れるとやはり、何らかの異変が起こっているということは即座に理解できた
先ほどのTAXIタクシーの車内での電話での会話も、Jeanジャンの口ぶりは明らかにいつもと違って沈んだような気配があった




右肩に・・・ふと、右肩だけに微かな、そして確かな質量を感じた
「何か」の重みが——

いや、違う

この右肩の微かな重みはジャカルタ行きを決めてから続いている
特にジャカルタに入ってからは、意識せざるを得ないほどに確かな——




Jeanジャンは大ぶりの黒いレンズのサングラスをしていたが、その大ぶりのレンズの縁以上に、目元が真っ赤になっている


それは”真っ赤”というより”薔薇色”に近い色だった


Jeanジャンにはそれ以上のことは喋らせずに、近くの空いていた円形のソファまでかれの腰に手を据えるようにして誘導し、座らせた
その間の数秒はお互いに無言で、わたしは催眠術師とはこういうものなのかと思ったりもした

そしてお互いにソファに横並びに浅く腰掛けて、前傾姿勢で、わたしは右手をことさらゆっくり前に差し出し、Jean相手に意識させるようにゆっくりと動かし、「これからそのサングラスを取るよ」としっかり予感させたうえで、レンズの縁を右手の人差し指と親指でつかみ、前方にずらすようにゆっくりと剝ぎ取った


剥ぎ取ってみると、わたしは思わず小さく声をあげそうになったが、声にも表情にもださなかった(はずだ)


もちろんそこにあったいつものJeanジャンの涼しげで切れ長の瞳は、誰かに殴られた痕で赤く変色しているわけではなく、だからそれを隠す為のサングラスのはずでもなく




ただ号泣して泣きはらした男の顔だった・・・



そのJeanジャンの、まるで生まれたての、まだ羊膜に包まれたままの小鹿のようなか弱い横顔を見ていると、突然、わたしはかれの17歳も年上だったことを思い出し、思わず強い口調の日本語でこう言い放った



——”何が起こったのかの、その一部始終をおれに話すんだ”



Jeanジャンはいった——




——”実は昨日、ぼくのボーイフレンドと別れてきたんです・・・”




嗚呼・・・



一目見たときから、何となくそういう予感はしていたよ



失恋——



わたしは最悪のタイミングで、ここ”PIKエリア”に来てしまったということになる




CENTRAL JAKARTA
2022









NORTH JAKARTA

Pantjoran Chinatown PIK


HOTEL


5

17:30






Pantjoran Chinatown PIK




この日のJeanジャンの姿と態度は、わたしにとっては新鮮な驚きだった

普段はいつも飄々としていて、自信に満ち溢れているその態度は


”世界はおれのためにあって、それを切り開いていく実力はおれにはある”


と思わせるような若さ溢れるものだったが、この日のJeanジャンのこの潮垂れた弱々しい態度はいったいどうしたことだろう

英語名イングリッシュネームJeanジャン
その軽やかな響きと同様にいつも飄々とした姿と態度の奥の、薄皮を一枚捲ればめくれば、内部で嵐が吹き荒れているのがよくわかる

でも無理もない

失恋のダメージが、Jeanジャンの内部を徹底的に破壊しつくしているのだ
それも同様に「若さ」が痛みをさらに増幅させているのだろうか

いや、年齢は関係ないのだろう

失恋のダメージに年齢は関係ない・・・

恋の痛みは、その絶望的な鋭い痛みは、この広い世界でたった独りで孤立してしまったかのような昏いくらい錯覚を、傷が癒えるまで生み出し続ける
そしてそこには無数の鏡が存在している
鏡は自分自身の姿を明確に正確に反射しつづけ、無限に乱反射を繰り返しながら、あらゆる角度から自分自身を切り裂いて、だから引き裂き続けるのだ

冷静に考えればそのようなことは一切ないのだが、それに気づけないほどの状態に落ちてしまい、深い混乱を誘い出してしまうのが、この痛みの本質に違いなく、最終的には「時間」に頼り、だから「風化」に任せてなんとか自分自身をやり過ごすしかこの痛みから逃れる方法はないのだ




CENTRAL JAKARTA
2022



この時点で、Jeanジャンと再会してまだ5分に満たなかったが、わたしは内心迷っていた


——”今回はここで別れて、そっとしておいたあげた方がいいのかもしれない。
おそらくはボーイフレンドと別れてきたその直後で、昨夜は一睡もしていないのだろう。
傷口がまだ生々しく開いて、そこから血が流れだしているに違いない
せっかくの機会だったが、今夜無理につき合わせるのは、ちょっと可哀そうかな・・・”






だがー






Jeanジャンは無言のまま再び大ぶりのサングラスをかけて、ソファの背もたれに深く腰掛けてゆっくりと足を組み、一瞬チラリとわたしに視線を送ってきた

その視線は語らずとも、しかし、こう語っていたようにわたしには思えた



——”ぼくは今、めちゃくちゃ傷ついているのだから、もっといっぱいいっぱい慰めの言葉をかけてください!!”





こいつ——




この、Jean Mespladeジャン メスプレイド——

わたしは先ほどまでの迷いが吹き飛び、こう思い至った





こいつ、やっぱり面白い!!






Sarinah Mall
CENTRAL JAKARTA
2023




このJeanジャンは、直接会うにせよオンライン上のWAのチャットにせよ、いつも常に、わたしを別世界まで誘ういざなうのだ
それも、一緒に歩いていて次の曲がり角を曲がるとそこは別の惑星でした、というような想像を絶する驚きがあるのだ


初めて会ったSemarangスマランの古いレストランSPIEGELスピーガルのときからそうだった


最初の驚きはこうだった
Jeanジャンはビジネスレベルまで鍛え上げた流暢な日本語を話せることもあり自然に会話をするようになったが、語学に関しては実に六か国語を話せるマルチリンガルだったのだ


わたしも日常的に英語とインドネシア語は使うが、それは自分で進んで学んできたとは言い難い
環境に応じて、だから必要に迫られる形でしぶしぶ使ってはいるが、本当は日本語だけで構わないのだ
旅行ではなく、仕事で赴任しているのだからその思いはなおさら強かった
外国語が上達するよりも、日本語の語彙力と表現力さえ鍛えあげればそれで構わないとさえ、今でも思ってもいる


そうして話すようになって、次に、Jeanジャンの性的志向にも驚かされた
別にゲイであることに不思議はなかったのだが、わたしの中では保守的な中華社会、あるいはアジア全域ではまだ禁句タブー視されているような危険な断定があったのだ
アジアは、もちろん欧米ではないのだ
Jeanジャンはそこをあっさりと飛び越えて、知り合って早々に、まるで空気のように滑らかに自分の性的志向を認めて話してくれたことにも驚かされた
もっともそれは、多民族国家であるここインドネシアではたしかに杞憂でもあったのだが



また、昨年わたしが初めてジャカルタ旅行をスケッチした際に、WAのチャットでJeanジャンに危険エリアの情報を求めたときもそうだった

Jeanジャンはジャカルタ全域の危険エリアを次々と挙げて、その中でも昼夜問わずに絶対に近づいてはならない地域というのがひとつだけあった

なんでもそこは、以前にこのJeanジャンの実兄がジャカルタの警察とマフィアの麻薬戦争に巻き込まれる形で、流れ弾を浴びてしまい、絶命するまでに一か月もかかったらしいのだ・・・


それを聞いて平和な日本人としてのわたしは衝撃に打たれた

なんだって?

麻薬戦争?
銃撃?
流れ弾?


映画や暗黒小説ノワールではなくて現実リアルに・・・?

Jeanかれがわたしに嘘をつく理由はないのだ
それも、兄妹を殺してまでつく嘘に、いったいどれ程の意味があるのだろう



そして、今回——



久しぶりに再会できたと思ったら、まさか直前の失恋で目元をパンパンに腫れあがらせて現れるとは、もちろんわたしには予測も想像もつかなかった



間違いない
このJean Mespladeジャン メスプレイドは、少なくともこのわたしにとってはやはり
〈六か国語を操る華僑のゲイ〉だけでは収まりきれない「何か」がある
のだ



そして三ヵ月前に、同様のタイトルを冠した私小説風の作品を書いて〈note〉に投稿してみたが、それはあくまでわたしにとっての大きな変化点、いや分岐点とも呼べる作品に昇華した



それ以前は、毒にも薬にもならないただの日常を描写しただけのつるりとした手触りの内容のものが多く、特に本格的に始めた今年の三月からの〈note〉の記事は、以前facebookで投稿していた内容をそのままコピーしただけのものだったが



”〈六か国語を操る華僑のゲイ〉だけでは収まりきれない「何か」がある”



を発表して以降は、徐々にここインドネシアの旅先で観た様々な風景に、自分自身の遠い記憶や現在いまの内面を描き出すような作品を多く書くように変化していった
ときに、まるで何かの制約から解放されたかのように、鋭利な刃物を用いて自身の内面を鋭く抉りえぐりだして反映させることも増えてきている

作品に使用している自分で撮影した写真にも、これまでにはなかった小さな輝きのようなものを、あくまで自分自身では認め始め、納得はできないにせよ満足のいくようなものが撮れ始め、文字数に関しても飛躍的に増大した
これを書いているこの時点ですでに7,215字だが(最終的には9,708字)
もはやノンフィクションに即したこの程度の作品を書くにはほとんど時間がかからなくなってきている

この、Jean Mespladeジャン メスプレイドが毎回与えてくれる予測のできない別領域からの刺激は、たぶん間違いないのだろうが、わたしの創作意欲を別次元にまで引き上げてくれ、同時に、誰しもがもっている才能のようなものがあると仮定するのであれば、それをも一気に開花させてくれているに違いないのだ・・・


後日談にはなるのだが、ここPIKに来てからは特に右肩に重みを感じていた
Jeanジャンと”D”と会っている間は、確かにそれはあった
それは帰路のスカルノ・ハッタ空港まで続き、飛行機が離陸すると同時にふっと、右肩の重みは消え去った





HOTEL



JeanジャンSOSサインを受けて、単刀直入に踏み込んでこう訊いてみた


——”ボーイフレンド。
確か前に話してくれた36歳のSEの彼のこと?
バリ島出身の、サーフィンが趣味の?”


だがそれに対しての27歳のJeanジャンの返答は、まさに異次元からの回答だった


Jeanジャンは座っていたソファのお尻の位置を少しずらしてキッパリとこういった


——”それについては、今ここではお話したくはないのです”





こいつ——





この小僧





自分から明らかなSOS救助信号を出しておきながら、相手が救出に向かうと、その手の平を返したようなこのツンデレ対応——


見習うべきなのかも知れない
MEMOメモしておくべきかも知れない
この手法メチェは、間違いない、わたしも近いうちに誰かを相手に同じことを実践しているに違いない
例えばSemarangスマランの職場の同僚のインドネシア人たちに対してとか





逆にこれまで沈黙を守っていたJeanジャンはその話題を注意深く避けるように
そしていつもの自信を一時的に取り戻したかのように静かにキッパリとこう続けた
そのときの彼の視線はひとびとの群れでごったがえすチェックイン・カウンターに向けられていた



——”さわまつさんがチェックイン・カウンターの長蛇の列に並ぶ必要はありません。今回は正規のルートでの予約ではなくて、特別なルートを使っています。間もなくその担当者がここへ来ます。手続きはここで、この場所で行います。30秒程度で終わります”



わたしは改めて広大なエントランス・フロアを見渡し、この快適そうな高級ホテルをブッキングしてくれたお礼をJeanジャンに述べて、さりげなくこう続けた



——”チェックインの後、部屋に荷物を置いたあとはどこで夜御飯を食べようか?”



Jeanジャンは小さく首を横に振った

何も心配するなということだ

そしてJeanジャンは一瞬ニヤリと笑ってこう続けた



——”CENTRAL CHINA TOWNジャカルタの心臓部にある飲茶の老舗レストランの個室に19:00に予約を入れています
さわまつさんもきっと気に入るでしょう
そこで今夜は思いっきり食べて飲みましょう。素晴らしい味のお店です
浮き沈みの激しいここ”PIK”で10年以上も営業を続けている正統派の香港飲茶のレストランです
CHINA TOWNチャイナ タウンの雰囲気も十分に味わえます
今夜はぼくも、明日のことは何も考えずに食べて、飲みます
・・・まだ時間には少し早いのですが、ぼくは車で来ているので、それまではPIK市内を適当に流しましょう。写真を撮りたい場所があればそこで車を止めるので、いつでもぼくにいってください”




わたしは小さく頷きJeanジャンに改めてお礼を言った





そして、これから、長い夜が始まる










NEXT


連作:3

混沌と喧騒の激しい渦の中、ジャカルタの陽は落下して、光は慟哭と共に去りぬ







この連作に通じる

前日譚






前編

連作:1




続編
連作:3





続編
連作:4




続編
連作:5





続編
連作:6





続編
連作:7











〈ちいさなお願い〉

わたしの投稿はすべて、あくまでPC環境で読んで頂く前提のため、読み易いように素人ながら工夫を凝らしています

改行や、余韻を持たせる長い余白、そして長いダッシュ記号”——”を用いているのはそのためなのです

しかしながらスマートフォンのアプリケーションで読むと、それらが正しく反映されていません(お手持ちのスマートフォンの環境にもよると思われるのですが)

もしも可能であれば、PCにてお読み頂ければと切に思う次第です
どうぞよろしくお願いいたします








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