あさくら

ふたりぐらし

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記事一覧

合図は、

インスタのストーリーに日付とともに花の写真をあげることが日課となった。 花を生けることが習慣づくとは思っていなかった。 生き物の変化は良くも悪くも自分に跳ね返っ…

あさくら
6か月前
1

3月末のひんやりとした空気は身体に沁みる

気分転換。 ひと息つく。 花が可愛い。 今日も労る。

あさくら
6か月前
2

いたわる時

己に意識が向きすぎるとき ケアできる相手がいるとほどよく意識が逸れる。 花がケアの相手で、花を労ることはつまり 自分を労る時間になっていた。 枯れた葉や花を取りのぞ…

あさくら
7か月前
10

自分を労ることと自分の機嫌を取ること

自分で自分の機嫌をとる という言葉を目にすることが増えた、そういう時期があった。私のアンテナが無意識のうちにそればかり拾っていたのか、世間や時代がそのような空気…

あさくら
1年前
4

オンオフ

めまぐるしいとはこういうことか。 交感神経がバチバチしている。 プライベートはどこへ。 仕事のことばかり考えている。 仕事のすべてが不安。だから考えいる。 大事な人…

あさくら
1年前
3

他者と生きるということについて

わたしがそこにいたら困る人がたくさんいる。問題が起きる。私がありのままでいることやそのままでいようとするとなにか問題が生じる。集団の場であればあるほどそれは明る…

あさくら
1年前
6

今日もまた比べる

情けなくてシュワッと消えてしまいそう。この職場が嫌なら辞めたらいいのになぜかこの場所にしがみついている。お金を稼いで生きていかなきゃならないから。だけどそのせい…

あさくら
1年前
4

能力主義という圧力と自意識過剰

何処からともなくやってくる不安感にボコボコにされるのをアルコールでガードしたいのに今日は効かない。焦って本を引っ張り出したら文字がツルツル滑るだけで物語など入っ…

あさくら
1年前
6

戦った3月

躁と鬱を抜けたと思う。 片脚をブラックホールに吸い込まれながら、ひょんなことでカンカン照りの太陽の下に引きずり出される繰り返しの毎日だった。やっと抜けたけど残っ…

あさくら
1年前
1

それなら大人になりたくない

自分で自分の機嫌を取る という言葉をよく聞くようになった。 それができる人は大人だ、みたいな意味を孕んで広まっているように見える。 自己責任があちこちで叫ばれる。…

あさくら
1年前
4

そぐわない

障害者と関わる仕事をしている。 暮らしのなかで他者と様々な感情のやり取りがあって人生のライフステージがあってライフステージごとの悩みを抱えてそれなりに満たされて…

あさくら
1年前
3

同じものが違って見える時

布団の中から右を向くと本棚がある。3段ボックスを3つ横並びにしている。真ん中に据えているボックスの中に本を収納している。ボックスの中だけでなく、上にも本を置いてい…

あさくら
1年前
4

3年が経ってしまう

わからない。言語化することもむつかしい。整理がつかない。自分がなにをしたいのかわからない。何を心の真ん中に据えてあの場にいたらいいのか。誰のことを想ったらいいの…

あさくら
1年前
1

誰も知らないという安心感

私の息の抜ける行きつけの場所。例えば近所の公園やお気に入りの喫茶店。そこにはいわゆる支援者と呼ばれる人は居ない。居るのは近所の子供たちや店員さん、常連のお客さん…

あさくら
1年前
21

存分に刷り込もう

弱くあってもいい自由を自分に刷り込む。 と、いつだかメモ帳に書いていた。 自分の弱さってどれなの。と探す所から始まり、見つけ、納得して、納得を続ける。落とし込む…

あさくら
1年前
1

自己嫌悪に沈む

私はすぐ調子に乗る。それはそれは簡単に乗ることができる。きっと波乗りだったらぶっちぎり優勝。そのくらい簡単に乗れる。 最近、得意なことを見せびらかして調子に乗っ…

あさくら
1年前
2

合図は、

インスタのストーリーに日付とともに花の写真をあげることが日課となった。
花を生けることが習慣づくとは思っていなかった。

生き物の変化は良くも悪くも自分に跳ね返ってくる。

いたわる時

いたわる時

己に意識が向きすぎるとき
ケアできる相手がいるとほどよく意識が逸れる。
花がケアの相手で、花を労ることはつまり
自分を労る時間になっていた。
枯れた葉や花を取りのぞき、水を替え、背丈に合わせて花器を替え、組み合わせを変える。
貴方が今日も居心地良く
できれば健やかに居れますように。
私も健やかであるために
目の前のものをひとを労りたい。

自分を労ることと自分の機嫌を取ること

自分を労ることと自分の機嫌を取ること

自分で自分の機嫌をとる
という言葉を目にすることが増えた、そういう時期があった。私のアンテナが無意識のうちにそればかり拾っていたのか、世間や時代がそのような空気を求めていたのか。分からない。が、自分の機嫌くらい自分で取りな!と言われているようで、どうもそれは不得意だ、と認識していた私は情けなくただ落ち込むだけだった。自分で自分の機嫌をとる、とは。

今年の5月頭から、近くのジムのランニングマシンで

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オンオフ

オンオフ

めまぐるしいとはこういうことか。
交感神経がバチバチしている。
プライベートはどこへ。
仕事のことばかり考えている。
仕事のすべてが不安。だから考えいる。
大事な人たちの誕生日を2日後に気づく。
それが3人くらい続いた。
心がしんどいから走るけど、身体の疲労は倍量で積み重なる。
7ヶ月ぶりの生理はなかなか終わらず、不正出血として続く。
副交感神経が勢力を増したら、すべてをシャットアウトしてしまいそ

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他者と生きるということについて

他者と生きるということについて

わたしがそこにいたら困る人がたくさんいる。問題が起きる。私がありのままでいることやそのままでいようとするとなにか問題が生じる。集団の場であればあるほどそれは明るみに出る。

生じた問題は責任もって自分自身で全て自身で正しい状態へ、誰かを傷つけずにいられた状態へ、自分が責任もって戻すべきものだと思っていた。
そう思い込んでただ一人で(勝手に)苦しんできた。

集団の場というのは私にとっては常に戦いで

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今日もまた比べる

情けなくてシュワッと消えてしまいそう。この職場が嫌なら辞めたらいいのになぜかこの場所にしがみついている。お金を稼いで生きていかなきゃならないから。だけどそのせいで身動き取れなくなっている。落ちる日が続く。勿体ない!と思う。焦りが先に立つ。あの人は次を見据えて動き出している。のに私はアルコールをとり入れて今日を誤魔化している。悔しい。

能力主義という圧力と自意識過剰

能力主義という圧力と自意識過剰

何処からともなくやってくる不安感にボコボコにされるのをアルコールでガードしたいのに今日は効かない。焦って本を引っ張り出したら文字がツルツル滑るだけで物語など入ってきやしない。こんな夜の過ごし方にいつかケリをつけてやろうと意気込むのにはっきりと違う明日は来なくて、ぐにゃぐにゃとした意思だけがここにある。

己の持ち前の能力では太刀打ちできなくなってしまっていて、現在置かれている立場に求められている役

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戦った3月

戦った3月

躁と鬱を抜けたと思う。

片脚をブラックホールに吸い込まれながら、ひょんなことでカンカン照りの太陽の下に引きずり出される繰り返しの毎日だった。やっと抜けたけど残った代償はどでかい。

それまで丁寧に繋ごうとしてきた人間関係がしっちゃかめっちゃか。大体いつもこの期間にそれまでかろうじて見放さずにいた人からもう手に負えないわと匙を投げられる。例に漏れず今回も3人くらい離れていった。寂しい。

仕事で花

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それなら大人になりたくない

それなら大人になりたくない

自分で自分の機嫌を取る
という言葉をよく聞くようになった。
それができる人は大人だ、みたいな意味を孕んで広まっているように見える。

自己責任があちこちで叫ばれる。自分のことは自分で何とかしろという圧力。それを身近なところまで降ろして、キャッチーにしたのが「自分で自分の機嫌を取る」のような気がする。

そこまで1人で頑張らなきゃならないのかな。人の力を借りて機嫌を取り戻したっていいじゃんと天邪鬼な

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そぐわない

そぐわない

障害者と関わる仕事をしている。

暮らしのなかで他者と様々な感情のやり取りがあって人生のライフステージがあってライフステージごとの悩みを抱えてそれなりに満たされて生きる。障害者がそんな当たり前の生活を当たり前に生きるそのために、私は障害者の近くで暮らしをつくる試行錯誤をしていきたい。障害があってもなくても生きていくことを諦めなくて良い世界に障害者と一緒に知恵を出し合って近づきたい。

それは以前当

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同じものが違って見える時

同じものが違って見える時

布団の中から右を向くと本棚がある。3段ボックスを3つ横並びにしている。真ん中に据えているボックスの中に本を収納している。ボックスの中だけでなく、上にも本を置いている。コロナの熱で朦朧としていた数日前の朝、下からこの本棚を見上げた時、そびえ立つ棚と、棚を埋め尽くす本の量感にギョッとした。

私はいつの間にこんなにたくさんの物に囲まれていたのだ?これは許容範囲を越えている。減らさねば。ここ数日の頭の中

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3年が経ってしまう

3年が経ってしまう

わからない。言語化することもむつかしい。整理がつかない。自分がなにをしたいのかわからない。何を心の真ん中に据えてあの場にいたらいいのか。誰のことを想ったらいいのか。自分をどう守ったらいいのか。心をすり減らすばかりになりそうで、それもこわい。
守りたい人たちがいるのに、自分のことで精一杯な私がここにいて目を背けたくなる。混乱している。こわい。

誰も知らないという安心感

誰も知らないという安心感

私の息の抜ける行きつけの場所。例えば近所の公園やお気に入りの喫茶店。そこにはいわゆる支援者と呼ばれる人は居ない。居るのは近所の子供たちや店員さん、常連のお客さん、見知らぬ誰か、この前そういえばあの交差点で見たな、程度の街のひとびと。

一方で、精神に病があったり、身体に障害があったり、社会で生きづらさを感じてしまう人の行きつけの場所には、高確率で支援をする役割の人がいる。いわゆる専門員。その場所は

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存分に刷り込もう

存分に刷り込もう

弱くあってもいい自由を自分に刷り込む。
と、いつだかメモ帳に書いていた。

自分の弱さってどれなの。と探す所から始まり、見つけ、納得して、納得を続ける。落とし込む。簡単じゃない。苦しい。

でも、それでも、弱くありたいなと思う。弱さを見失ったら、誰かの弱さを取りこぼしてしまう。誰かに強くあることを求めてしまう。別に強くなくたっていい。弱さが基準であってほしい。

自己嫌悪に沈む

自己嫌悪に沈む

私はすぐ調子に乗る。それはそれは簡単に乗ることができる。きっと波乗りだったらぶっちぎり優勝。そのくらい簡単に乗れる。
最近、得意なことを見せびらかして調子に乗ってると思う。

嫌な奴だ。

誰にも得意なことがあると思う。
得意とは? 誰かが普段使わない力を使ってやっとこさやり遂げられることをなんてことなくできてしまうこと。息を吸うように成し遂げられるなにか。夢中になっているから気づいたらできている

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