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虚実の境目を見失う

「私、あいつら嫌いなんです。いなくなればいいのに」

あいつら、とは彼女の両親の事だ。真夜中、ベランダに煙草を吸いに出ると、時たま彼女に出会う。思えば彼女はベランダで何をしてるのだろう。

「親をあいつらと言わない方がいいですよ」
「いなくなれば、はいいんですか?」
「それも駄目です、口に出しちゃ」
「どうして?」
「後々、自分が後悔します」
「後悔しなかったら?」
「後悔しない人生を歩んだことに後悔すべきです」
「歩まされた人生って視点を欠落してませんか」

確かに。我ながら半端な綺麗事だ。彼女は続ける。

「私たち、似てますよね」
「似てる?どこがですか」
「家族に縛られてる」
「僕が兄に縛られてると?」
「はい、私は両親に」

それは俺達が家族を縛ってるって視点が欠落してないか?

「聞いたんですね、兄に」
「はい、二年引きこもってるって」
「すみません」
「何がですか」
「黙っていたことに」
「別にいいんです」

彼女は幸せそうに微笑んだ。何故?

「私、自由になりたいんですよね。憧れません?自由」
「憧れるも何も僕は既に自由ですからね」
「嘘つき」

今度は悪戯に微笑んだ。そして彼女はおやすみを告げ部屋に戻った。取り残された俺は煙草を取り出し、口に咥える。火をつける気にはなれなかった。

俺は確かに嘘つきだ。嘘を吐くのに決心がいらなくなったのはいつからだろう。慢性的な嘘つきは虚実の境目を見失う。

俺はベランダに煙草を吸いに出てるのか?それも嘘かもしれない。でも事実として、嘘を実に変える事は出来る。その行いは希望だろうか、欺瞞だろうか。

俺は煙草に火をつける。

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