マガジンのカバー画像

映画の感想

129
運営しているクリエイター

#映画の感想

2024年上半期ベスト映画 トップ10

2024年上半期ベスト映画 トップ10

映画館に見に行く本数は減ってしまったけれども、配信などで食らいつくことができたと思う。結論をすぐ出さない、"揺らぎ"のある映画たちを10本。

10位 アメリカン・フィクション

本年のアカデミー賞作品賞ノミネート作。海外の作品を見始めたのはここ数年だけど、“真っ当”なものとして見てきた傑作にもこのコメディが刺そうしている目線があるのでは?と思わせるような毒と説得力があった。戯画化された正しげな配

もっとみる
空白を埋めるもの~『エリック』と『ミッシング』

空白を埋めるもの~『エリック』と『ミッシング』

大切な人が突然いなくなる、という出来事がトリガーになる作品は古来より多いが、今年は特に顕著な気がしてならない。それは例えば「四月になれば彼女は」のような婚約相手が突如姿を消すものであったり、公開を控える黒沢清の『蛇の道』のような子供を殺されるというものであったりと様々であるが、特に今年において印象的なのが"子供"が“突如姿を消す”作品である。

誰かを恨むこともできぬまま宙ぶらりんにされる感情。ま

もっとみる
罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】

濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』以来の長編映画『悪は存在しない』。その重厚な映画体験を今も反芻している。というより、あのように切断的に現実へと投げ出される結末を受け取っておきながらそうしないわけにはいかない。

緊張と緩和、長回しとぶつ切り、相反する要素を織り交ぜながら得体の知れない感情を炙り出してくる本作。全編に渡って人間の心が持つ柔らかさと不気味さの両方が喉元に突きつけられる。私なり

もっとみる
また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】

山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督がアンドリュー・スコットを主演に迎えて映画化した『異人たち』。孤独に生きる脚本家の男がふと幼少期の住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなった両親がその時のまま生活しており、かつてのような親子としての交流を行う、というあらすじだ。

このあらすじは大林宣彦監督、風間杜夫主演による1988年の日本映画版にも共通している。今回の

もっとみる
分裂し続けるもの/クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』【映画感想】

分裂し続けるもの/クリストファー・ノーラン『オッペンハイマー』【映画感想】

クリストファー・ノーランの12作目の長編映画『オッペンハイマー』を観た。原子爆弾の開発の中心人物であるオッペンハイマー博士を描いた本作。映画2~3本分とも言えるほどの膨大な情報量に圧倒されながら、まさにこれが劇場で観る映画体験であると強烈な実感を覚えた。

時代の異なる3つの物語を並走させる、ノーランらしい時間のコントロール演出で伝記モノである以上の語り口を提示する本作。この映画について、オッペン

もっとみる
自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

ヨルゴス・ランティモス監督がアラスター・グレイの小説を映画化した「哀れなるものたち」。自殺した妊婦にその胎児の脳を移植した人造人間ベラ(エマ・ストーン)と、それを取り巻く男たちを描く奇怪な冒険譚である。

上の記事では原作小説の感想を書いており、どう映像化されているのかという期待を高めていた。実際、映画を観てみると登場人物のバックボーンを描くことを排したことによる寓話性の高まり、そして映像で見せる

もっとみる
ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

もっとみる
血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

下津優太監督の初長編映画「みなに幸あれ」が示唆に富む怪作だった。本作は「第1回日本ホラー大賞」の大賞を受賞した11分の短編映画を長編へとリメイクしたもの。「呪怨」の清水崇監督が総合プロデュースを務め、Jホラー文脈による強いバックアップと先鋭的なアイデアが交差した作品と言える。

本作は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という思想に基づいた物語が展開されていく。やりすぎなくらいの恐怖描

もっとみる
2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

イアン・リードの小説を原作としたAMAZON ORIGINAL映画「もっと遠くへ行こう。」に圧倒された。「レディ・バード」のシアーシャ・ローナンと「aftersun」のポール・メスカルの共演によるSFドラマで、超大作ではないが紛れもなくサイエンスフィクションであり、そして人間ドラマであった。

この映画における宇宙の要素に関しては夫婦への影響の1つであり、主題となるのは親密であるはずの関係に生じて

もっとみる
倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

上の令和ロマンのインタビューで高比良くるまが松井ケムリを「お金持ちの息子さん」「でも甘やかされておらず、正しい金銭感覚を持ち、そして、おおらかな精神もあわせ持つという日本最強の男」と評していたのは微笑ましかった。そしてケムリもくるまを「彼の面白さを伝えるのが役割」とM-1アナザーストーリーで話しており更に胸が熱い。大学で出会った彼らの関係性に、階級や格差を前提としたルサンチマンが見えてこなかったの

もっとみる
2023年ベスト映画 トップ10

2023年ベスト映画 トップ10

劇場公開から配信までの間隔がどんどん狭まって、年末には9月公開くらいの映画ならば(特にU-NEXT)配信で観れちゃうようにはなってるのだけどこうして振り返ると劇場鑑賞のインパクトはやっぱ強い。来年は恐らくここまで映画館には行けなくなるはずなので、このトップ10を大事に噛み締めます。

10位 正欲

欲望が共有されない寄る辺なさ、欲望を共有することで生まれる信頼、という点でとても根源的な問いにまつ

もっとみる
超常現象の現在地/「サムシング・イン・ザ・ダート」「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」

超常現象の現在地/「サムシング・イン・ザ・ダート」「モナ・リザ アンド ザ ブラッドムーン」

フィクションに触れるならせっかくだし見たことのない世界を見てみたい。そうなるとやはり超常現象が出てくるものを欲してしまう。それも約束された超大作よりも、どっちに転ぶか分からない変な予感のするやつ。そういうわけで観た2作はどちらも超常現象を今この時代に描く意味に溢れていた。

サムシング・イン・ザ・ダート「ムーンナイト」「ロキ シーズン2」というMCUドラマの傑作2本を手掛けたジャスティン・ベンソン

もっとみる
それはメタファーではない/「正欲」

それはメタファーではない/「正欲」

精神科診療の中では様々な症状とともに、患者固有の思想や意思、そして欲望とも向き合うことになる。診察を重ねるとつくづく、1人として同じ心の形をしている人などいないと思う。そんな確信を日々、深めている。

例えばただ自分が何者かを知りたいと願っている内に多様な性のあり方をエンパワメントするメッセージに追い詰められたLGBTQの人もいるし、家父長制に苦しめられ望んで離婚した先で困窮し強く後悔している人も

もっとみる
心は関係性に宿る~『ザ・クリエイター/創造者』『PLUTO』

心は関係性に宿る~『ザ・クリエイター/創造者』『PLUTO』

伊藤園やパルコの広告にAIモデルが起用され、ユニコーンが過去の自分たちの歌声をAIに覚えさせて歌わせた新曲EPをリリースしたこの秋。映像でも立て続けにAI、あるいはロボットにまつわる作品が立て続いた。

『GODZILLA』や『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』で知られるギャレス・エドワーズ監督の最新作『ザ・クリエイター/創造者』。欧米やアジア各国でロケ撮影された映像に丹念なVFXを合わ

もっとみる