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【小小説】ナノノベル

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短いお話はいかがでしょうか
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#ごちそうさん

マスク・パーティ ~リーダーの短い夜

マスク・パーティ ~リーダーの短い夜

 おもてなしの中心にはいつだってお客様の存在があった。わざわざ足を運んでいただくお客様に美味しいものを届けることによって自然と現れる微笑みを、少し離れたところからそっと見届けることこそが、私たちの喜びなのだった。昭和の時代から受け継いできた精神を大切に守り、一人一人のかけがえのないお客様のために心を込めたおもてなしをする。そうした地道な仕事の積み重ねがきっとお客様との信頼をつなぐのではないだろうか

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えもいえぬ会食

えもいえぬ会食

「会食はされましたか?」

「鳶が鷹を生むような会食をしたことはございません」

「それはどういうものでしょうか。私はちょっと不勉強でわかりません。私だって鬼じゃないんだから、弱点ばかりを突いていくつもりはありませんよ。どうかお答えください。会食はあったのでしょうか?」

「狐が狸を化かすよう会食をしたことはございません」

「それは肯定ですか。否定ですか。どうも私にはよく理解できないのですが。そ

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疑念モーニング

疑念モーニング

「月曜日の朝、目玉焼きは食べましたか」

「国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「サラダは食べましたか」

「お答えいたします。国民の疑念を招くような朝食を食べたことはございません」

「ヨーグルトは食べましたか」

「繰り返しになりますが、国民の疑念を招くようなものについてはございませんでした」

「食後にコーヒーは飲まれましたか」

「それも含めて、国民の疑念を招くような

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モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

モダン・ジャッジ(無意識のさばき)

「記憶にない……」
 確かにそれは私の声であるようだ。しかし、はっきりとそんなことを言ったという記憶はない。だとすればそれは無意識の内に現れた声と言うことができる。当然、そこには意図はない。意味もなければ狙いもない。含みもない。野心もない。悪意もなければ命令もない。興味もない。予定もない。感覚もなければ強制もない。情熱もない。詩情もない。記録もなければ確証もない。自覚もない。資格もない。義理もなけ

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その壁に注意せよ

その壁に注意せよ

 ネットのクチコミに踊らされたりはしない。私は自分の目を信じる。店の暖簾を見ればそれがどんな店かは、だいたいわかる。見過ごすべきか踏み込むべきか、真っ直ぐ暖簾を見ればわかるのだ。

「いらっしゃい」
 感じのいい大将だ。
 壁を見ればその店の歴史がわかる。どんな人が訪れ、どれだけ人々に愛されてきたか、誰に聞かずともすべては壁が語ってくれる。大物俳優のKが何度も足を運んでいるのがわかる。

「マグロ

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優雅なぶら下がり

優雅なぶら下がり

「卵ご飯でしょうか、卵かけご飯でしょうか?」

「それはまあ人によりけりなんじゃないんでしょうか。必ずしもこうでなければならないと一律に決まっているということはないと思います。あなたはどうです。ああそうですか。私がこうだと言うのはここでは差し控えたい。友達と語る場合と正確に伝える必要があるという場合では、また状況が異なるということもあるかもしれません。そこは総合的に判断してそれぞれの場面に応じて適

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冒険寿司

冒険寿司

 私を作っているものについて考えている。
 私は誰といた?
 どこにいた? 何を食べてきた?
 どうして私は私を問うのだろう?
 答えのない問いの中をさまよっていると行き着くところは空腹だ。
 ああ、寿司だ。
 寿司が食べたいぞ。
 お金なんてない。だけど、冒険心が潜らせる暖簾があるのだ。



「へい、いらっしゃい」
 基本のない寿司店だった。
 マグロやハマチなんてありゃしない。
 だから、

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【小説】先生のあいさつ(今日のこれから)

【小説】先生のあいさつ(今日のこれから)

・うまいもの食べて本音が出る

 議員というものは、必ず人と会わねばなりません。人と会う流れからして、当然それは食事ともセットにして考えねばなりません。ある意味で私たち議員というのは世間一般の人とは違うのだから、多くの人が出歩いたり会食したりするのを控えようとも、全くそれと同じというわけには参りません。会食は私たち議員にとっては、絶対に譲ることのできない領域であり伝統であります。いかに世間がテイク

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良心的きつねうどん

良心的きつねうどん

 いくら味がよくても高すぎては駄目だ。それでは日常的に通うことはできない。商売とは、良心的でなければならないと思う。私は常にそのような店を探している。なかなかないね。この街を知るにはもう少し時間がかかりそうだ。

「お待たせしました。きつねうどんです」
 運ばれてきた丼からは白い湯気が立ち上がっている。
 おお! なんと心地のよい湯気だろう。いっそこのままおじいさんになったとしても構わない。器まで

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わがままメニュー

「何か作ってよ」
「何?」
「何でもいいから」
「何か言った方がいいんじゃない?」
「面倒くさい。わからない。何でもいい」
「あとで文句は言わない?」

チャカチャンチャンチャン♪

「何これ?」
「何?」
「何なのこれ」
「何でもいいって言ったでしょ」
「言ったよ。何これ?」
「何でもいいんだから何だっていいじゃない」
「えっ?」
「何?」
「僕が食べるんだから」
「何?」

チャカチャンチャン

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コースを飛ばせ

コースを飛ばせ

「前菜のサラダ、秋風添えでございます」
「いただきます。ごちそうさん。
おーい、食べたでー!」

チャカチャンチャンチャン♪

「前菜のポタージュ、秋の虫の哀愁添えでございます」
「いただきます。ごちそうさん。
おーい、食べたでー!」

チャカチャンチャンチャン♪

「前菜のフォカッチャ、秋の企みを込めてでございます」
 順々に出しやがって
 プログラムか!
「おーい! おーい!」

チャカチャン

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しめの一杯(さよならラーメン)

しめの一杯(さよならラーメン)

 大繁盛店ということで少しは期待して入ったのだが。他人の味覚ほどあてにならないものはない。麺は輪ゴムを伸ばしたようなものだった。スープの方は泥水に塩を入れたものと変わりなかった。私は思ったことがすぐ口から出るタイプだ。
「カップラーメンの方が旨いね」
 大将の手が一瞬止まった。
「それを言っちゃあおしまいよ」
 よかった。心の広い大将のようだ。その人柄に打たれて私は箸を進めた。食えたもんじゃあなか

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大甲子園メシ

 ファンファーレが鳴ってご飯が炊けたが、誰も「いただきます」を口にすることはできなかった。杓文字がないことがすぐに発覚したからだ。

「冗談じゃない!」
「どうやって装うと言うの?」
 今にもちゃぶ台がひっくり返りそうだった。

チャカチャンチャンチャン♪

「甲子園に行ってしまったわ」
 おふくろが事情を打ち明けた。
 10年に1度の甲子園が開かれたのだ。

「杓文字でホームランが打てるか!」

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カスタマイズ・ライス

「みそ汁の葱の量はどうしましょう?」
 そうそう。みんな同じじゃつまらない。
 ここは何でも事細かに注文できる素敵な店だ。

「それではご注文を繰り返させていただきます。
 サラダのドレッシングはマヨネーズ。
 豚肉の焼き加減、しっかり。
 みそ汁の味の濃さ、濃いめ。
 みそ汁の具の多さ、やや多め。
 みそ汁のスープの量、やや少なめ。
 みそ汁の葱の量、たっぷり。
 ご飯の炊き方、かため。
 以上

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