金古明

短編、詩などを書いています。これまでに「青い町」、「無伴奏猫」、「朝のパルティータ」を…

金古明

短編、詩などを書いています。これまでに「青い町」、「無伴奏猫」、「朝のパルティータ」をZINEにて発表。

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夜のヒカリゴケ

      もう夜があける。    朝はまぢかい。    夜あけの寒さはきびしいから。    なぎさの花も凍るのだ。     及川 均 「夜の機関車」より    …

金古明
2年前
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追憶のラヴェル

 それは一枚の古写真のように、ぼやけて、かすみ、それから郷愁を感じさせる。  つまり、ヴラド・ペルルミュテールの1955年に録音されたラヴェルのピアノ演奏は…

金古明
3か月前
19

左耳にヘンデル

柳野沢行き  10:05  12:15  15:45 時刻表に載っているのは、それだけだった。  ぼくは、またベンチへ腰かけた。バスはまだ、しばらく来ない。隣で彼女は、音楽に没…

金古明
7か月前
24

祖父の本棚から波が。

 ひとは、どうして大事なことほど言わないのか。  それなのに、どうでもいいことばかり。天気のことや、ドラマのこと。夕飯のことや、サッカーのこと。私の母も、そうだ…

金古明
7か月前
23

解き放たれた群青

波が跳ねる。浜辺を虚ろに、そしてけだるく。飛沫を上げて、うねりながら。飛び散った水泡が光を受けてきらめき、そして消えてゆく。そしてまた、そしてまた、波がやってき…

金古明
9か月前
24

芳しきライナーノーツ

 ライナーノーツ  それはCDのケースにさしこまれた小冊子で、主役である音楽を引き立てるためのいわば添え物である。なかには読まないで放っておくひともいることでしょ…

金古明
1年前
20

日々の永久機関

誰にでも、昼休みは 等しく訪れる。 新卒から、社長まで。 わが社のばあい、 それは、一時間である。  かの有名なバッハの鍵盤作品に、  「ゴルドベルグ変奏曲」がある…

金古明
1年前
28

グリッサンド・柳生一族の陰謀

 映画を見終えると、わたしはソファに座りなおし、しばらくのあいだ、その余韻にひたっていた。  それからこの映画について、めずらしく誰かに話したくなった。だが、…

金古明
2年前
18

誰にいえる、

また今日も 嗚呼、と ため息こぼれ。 手にはエコバッグ 中には猫砂と 一升瓶。 家路を急ぐ人々と、 夕陽に染まる 駅前の北口商店街。 買い忘れた牛乳と、 目の前…

金古明
2年前
20

黄昏のシャコンヌ

 それは、夕暮れ時だった。  かばんを握りしめると、わたしは注意深く、ホームへと降りた。  西荻窪駅の改札を抜けると、人々は放射状に散っていった。人波にもまれつ…

金古明
2年前
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白銀のタクティクスオウガ

雪が降れば、スーパーファミコンであった。 それは、洋間にあった。 日曜の朝九時、カーテンを開けると、雪に反射する朝日が目に刺さった。 洋間は板の間だったから、足…

金古明
2年前
14

ヴィレッジヴァンガードは、カウントダウンTVだった。

斉藤和義の「歌うたいのバラッド」を知ったのは、カウントダウンTVのエンディングでだった。 それからぼくは自転車をこいで一時間かけて、町のレンタルCDショップへと向か…

金古明
2年前
45

テングノムギメシ

     再会 ムラサキ。  昔から、ムラサキには目がない。ラベンダー、グレープ、アメジスト。 「久しぶり。何年ぶりだろう。」  その店のカクテルの色もムラサキ…

金古明
2年前
15

バッファロウ・ビルは

バッファロウ・ビルは 死んで、ない。   長い髪を     ふり乱し       とつぜん         椅子からなだれ落ち   あ゛ぁ゛、と呻きながら、 いちに…

金古明
2年前
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サンタクロース

「ねえ、こんな手紙が届いたんだけど、どう思う?」 ***** 拝啓、ツヨシ殿 貴殿の注文されたプレゼントを届けたく候。つきましては十二月二十四日のクリスマスイヴ…

金古明
2年前
18

コーヒーカンタータ

こいびとよ。ぼくはあなたに伝えたい。 つぎのことばを、 フルトヴェングラー ルガーノの「田園」 と ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー とかく、クラシッ…

金古明
2年前
28
夜のヒカリゴケ

夜のヒカリゴケ

  
   もう夜があける。
   朝はまぢかい。

   夜あけの寒さはきびしいから。
   なぎさの花も凍るのだ。

    及川 均 「夜の機関車」より

          

 バスから降りると、革靴が雪にすっぽりと埋まった。襟を立て、傘を開いてから、私は国道沿いを歩きはじめた。大粒の雪が、静かに舞っていた。頭上では傘の表面を、牡丹雪がさらさらと、乾いた音を立てて滑り落ちていった。道路の

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追憶のラヴェル

追憶のラヴェル


 それは一枚の古写真のように、ぼやけて、かすみ、それから郷愁を感じさせる。

 つまり、ヴラド・ペルルミュテールの1955年に録音されたラヴェルのピアノ演奏は、郷愁なのである。

 どこで見たのだろうか。その白黒写真を。押し入れの奥にしまいこまれていたアルバムか。あるいは古道具屋の小箱のなかか。いずれにせよ、そこに写る人物を眺めながら、ふとこう感じたことを覚えている。
「むかしのひとって、

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左耳にヘンデル

左耳にヘンデル

柳野沢行き
 10:05
 12:15
 15:45

時刻表に載っているのは、それだけだった。

 ぼくは、またベンチへ腰かけた。バスはまだ、しばらく来ない。隣で彼女は、音楽に没頭している。両耳に、イヤホンで栓をして。目の前は、海のように田畑が広がり、その上へぼたん雪が落ちていった。背後は竹藪で、このバス停だけがなぜか、世界から一番離れているようだった。

「つか、天才」

 彼女はぽつりとそ

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祖父の本棚から波が。

祖父の本棚から波が。

 ひとは、どうして大事なことほど言わないのか。

 それなのに、どうでもいいことばかり。天気のことや、ドラマのこと。夕飯のことや、サッカーのこと。私の母も、そうだった。母は、いつもどうでもいいことばかりを話していた。主語がないから、子供たちからいつも注意されていた。そうして、肝心なことはなにひとつ言わずに、この世を去ってしまった。

 母の父、つまり私の祖父は、私の生まれる前に亡くなっていた。だか

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解き放たれた群青

解き放たれた群青

波が跳ねる。浜辺を虚ろに、そしてけだるく。飛沫を上げて、うねりながら。飛び散った水泡が光を受けてきらめき、そして消えてゆく。そしてまた、そしてまた、波がやってきては返してゆく。時に雄々しく、ときにしおらしく。飽きもせずに。膨らんだ海の向こう側へと。水面の底に淡い紺碧をたたえた、地平線へと。さざなみを立てながら。大勢の同胞の元へと。群れた青の中へ。

とぐろを巻いて波が岸辺へと押し寄せる。それにつら

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芳しきライナーノーツ

芳しきライナーノーツ

 ライナーノーツ

 それはCDのケースにさしこまれた小冊子で、主役である音楽を引き立てるためのいわば添え物である。なかには読まないで放っておくひともいることでしょう。

 それは実に不思議なものです。目に見えぬ音楽を封じ込めたものがCDであるなら、それをさらに言語化しようと努めるのがライナーノーツといえよう。まるで、翻訳のさらに翻訳といったような。

 その多くが、作曲家や曲目の解説に費やされま

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日々の永久機関

日々の永久機関

誰にでも、昼休みは
等しく訪れる。
新卒から、社長まで。
わが社のばあい、
それは、一時間である。

 かの有名なバッハの鍵盤作品に、
 「ゴルドベルグ変奏曲」がある。
 それはアリアからはじまり、
 三十の変奏曲を経て
 再び、アリアで終わる。

昼ごはんを、
社内で食べるひともいれば、
外へ出るひともいる。
ドトールへゆくひとも、
はなまるうどんへゆくひとも。
そして、彼らはみな一様に、
残り

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グリッサンド・柳生一族の陰謀

グリッサンド・柳生一族の陰謀

 映画を見終えると、わたしはソファに座りなおし、しばらくのあいだ、その余韻にひたっていた。

 それからこの映画について、めずらしく誰かに話したくなった。だが、あいにく四十も半ばになるわたしには、そういう友達がいなかった。だから、過去のわたしへ、それを語ることにした。つまり、東京に出てきたばかりの頃の、二十歳のわたしへと。


『 なあ、きみに是非とも見て欲しい映画があるんだ。

 それは

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誰にいえる、

誰にいえる、

また今日も

嗚呼、と

ため息こぼれ。

手にはエコバッグ

中には猫砂と

一升瓶。

家路を急ぐ人々と、

夕陽に染まる

駅前の北口商店街。

買い忘れた牛乳と、

目の前の家路が、

ミサイルで瓦礫と化すのを、

ぼんやりと想像していた。

それが、もはや

あり得ないなんて

誰にいえる?

このかた、世の中が、

良くなったためしなんてない。

マスクで顔を覆うようになって、

はや

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黄昏のシャコンヌ

黄昏のシャコンヌ

 それは、夕暮れ時だった。

 かばんを握りしめると、わたしは注意深く、ホームへと降りた。

 西荻窪駅の改札を抜けると、人々は放射状に散っていった。人波にもまれつつ、北へと向けて歩き始めた。家路を急ぐ人と、駅へ向かう人が複雑に交差し、その間をバスが縫うように、ゆっくりと走り去っていった。陽は沈みかけていた。夜はもうすぐそこにあって、頭上には宵の明星が瞬き始めていた。ポケットから手袋を取り出して両

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白銀のタクティクスオウガ

白銀のタクティクスオウガ

雪が降れば、スーパーファミコンであった。

それは、洋間にあった。

日曜の朝九時、カーテンを開けると、雪に反射する朝日が目に刺さった。
洋間は板の間だったから、足がかじかんだ。まずはファンヒーターのスイッチを入れる。それから電気コタツ。テレビをつけると、ちょうど「題名のない音楽会」が始まるところだった。

両親は居間でワイドショーを見ているし、二つ上の兄は、まだ自分の部屋で寝ている。この雪で部活

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ヴィレッジヴァンガードは、カウントダウンTVだった。

ヴィレッジヴァンガードは、カウントダウンTVだった。

斉藤和義の「歌うたいのバラッド」を知ったのは、カウントダウンTVのエンディングでだった。

それからぼくは自転車をこいで一時間かけて、町のレンタルCDショップへと向かった。それは国道沿いに建つ大型書店の二階にあり、ゲームショップに併設されていた。まだツタヤができる前だった。

残念ながら、「歌うたいのバラッド」はなかった。きっとまだ、シングルが発売されて間もないからだろう。そう思って、翌週も行って

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テングノムギメシ

テングノムギメシ

     再会

ムラサキ。

 昔から、ムラサキには目がない。ラベンダー、グレープ、アメジスト。

「久しぶり。何年ぶりだろう。」

 その店のカクテルの色もムラサキだった。

「高校を卒業してからだから、そうね。四年くらいかしら。」

 グラスの底に沈んだサクランボを取り出して、私はそう言った。

「それにしても変らないわね。」

「そう?」

「ええ、むしろ若返ったみたい。」

 照れくさそ

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バッファロウ・ビルは

バッファロウ・ビルは

バッファロウ・ビルは
死んで、ない。

  長い髪を
    ふり乱し
      とつぜん
        椅子からなだれ落ち

  あ゛ぁ゛、と呻きながら、
いちにさんしご
     ぴく、ぴく、と
 痙攣し、
   唇の色がうすくなって
       やがて、目を見ひらいた。

みんな立ち尽くし
やって来た救急隊が、
担架に乗せて
運んでいった。

  ぼくはふるえた。
   だって、不意に

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サンタクロース

サンタクロース

「ねえ、こんな手紙が届いたんだけど、どう思う?」

***** 拝啓、ツヨシ殿

貴殿の注文されたプレゼントを届けたく候。つきましては十二月二十四日のクリスマスイヴの夜には、必ずご在宅願いますよう、強く所望いたす次第であります。尚、貴殿がご不在の場合には、プレゼントは授与致しかねますので、その旨予めご了承願います。

「なにこれ?」

「え、サンタからの返事さ。」

「なんでサンタからの返事があな

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コーヒーカンタータ

コーヒーカンタータ

こいびとよ。ぼくはあなたに伝えたい。
つぎのことばを、

フルトヴェングラー ルガーノの「田園」



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とかく、クラシック音楽の世界には、常人には理解しがたい単語が多い。

たとえば、
<平均律クラヴィーア曲集>とか、

<ニュルンベルクのマイスタージンガー>
だとか。

はたして、これなんかはどうだろう。

<キリル・コンドラシンの、ハチャトゥリア

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