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祈願上手 #毎週ショートショートnote
相手選手がこちらを睨む。ゲームが再開した瞬間に攻めてくるつもりだ。俺は身構える。
高校生活の全てを「祈願部」に捧げてきた。そして今、全国大会の決勝で戦っている。1点を追う最終回。審判が「プレイ!」と告げる。ゲーム再開だ。
相手が振りかぶり、両手を胸の前で強く握る。この西洋風の祈りスタイルに序盤は苦しめられた。
次の瞬間、俺は無意識に反応していた。相手の祈りの手の角度が甘い。ミスだ。反撃するならこ
文学トリマー #毎週ショートショートnote
「今回は521文字か」
髭を撫で付けながら男はモニターに出力された結果を見て呟く。
習慣になった毎週ショートショートの執筆作業だが、ここからが腕の見せどころだ。
多種多様な作家が参加するこの企画の主なルールは、毎週発表されるテーマと文字数制限。テーマに則して粗く文章を組み立てた後で、制限に合わせて文字を削るのが男の普段のやり方だ。その工程は、さながら文学トリマーといったところか。
今回は100文字
記憶冷凍 毎週ショートショートnote
冷凍庫から試験管を取り出すと、博士はほくそ笑んだ。
それは博士が若かりし頃の数少ない女性との蜜月の記憶を保存したものだ。記憶は液状で薄桃色をしていた。研究の末に手にした記憶冷凍の技術を今から味わうのだ。
それを飲み干すと、目を瞑り集中する。頭の中で記憶が再生される。
「ぐふふ」
殆どを研究に捧げた人生が報われる。映像のように何度もリフレインできる。博士の口角が緩んだ瞬間だった。
「ぐ、ぐえ。なんだ
放課後ランプ #毎週ショートショートnote
「あった!」
僕の手にあるのは「放課後ランプ」
学校の七不思議の一つだ。外見はアラビアンナイトに登場するランプだ。
いわく、ランプは所有者の願いを叶えてくれる。
皆が噂だと笑ったが、僕は研究に研究を重ね、ついに今日ランプを手にした。
願い事は決まっていた。僕は呟く
「ランプ、僕を高校1年生の春の林間学校まで時間を戻してくれ」
そこから全てが狂った。学年イチの美女、佐伯さんと付き合えるチャンスだっ
トラネキサム酸笑顔 #毎週ショートショートnote
「トラネキサム酸の止血作用の機序はプラスミン阻害…」
「なんやねんそれ。寅さんケツ作業が机上でブラスバンド疎開?」
ぶつぶつとレポート用紙を解く田中につっこむ。薬学部は訳の分からない事を学んでいるようだ。
「ちゃうわ。なんやねんケツ作業て」
「そら尻トレや。SNSでおねーちゃん達が動画上げとるやん」
「アホ。俺が言ったのはトラネキサム酸や。出血に効くねん」
「やっぱケツやんけ。出ケツ言うてるがな」
春ギター #毎週ショートショートnote
「限りある一生。あと幾年の春が吹き抜けるか」
唸るように唄い上げた日々。桜の木の下。春によく映える青いギター。
思い出の公園にマンションが建つと知ったのは数年前。いつものようにギターを背負って公園に向かった日だ。いつも歌を聞いてくれるおじいさんが教えてくれた。その年のうちに着工するらしかった。
「残念だねえ。君の歌も今年で聞き納めか」
どこでだって歌うことはできた。でも、あの公園で私の歌を聴い
オバケレインコート #毎週ショートショートnote
「ねえ聞いた?オバケレインコートの話」
「なんだそりゃ?怪談?」
「違う違う。ほら、ニュースでやってるじゃない。例の女子大生が何人か殺されちゃってる事件。あれの犯人よ」
「あの事件のことか。へぇ。そんなあだ名で呼ばれてるんだ」
「雨の日だけフラっと現れて、防犯カメラに映った姿がオレンジのレインコートだからそう呼ばれてるみたいよ」
「神出鬼没だからオバケってか」
「それもそうだけど、レインコートが体
命乞いする蜘蛛 #毎週ショートショートnote
「お侍様、どうか命だけは」
蜘蛛は両手を擦り合わせ祈るようにそう言った。
「ならぬ。主君に背くは武士にあるまじき所業。命を以て償う他なしだ」
侍は脇差を抜く。月明かりに刃紋がぬらりと光る。
「たしかに私が姫君が大切にしていた蝶を食ってしまいました。しかし、これではあんまりです」
「仕方のないことだ。くだんの一件で殿様は大層お怒り。償わねばならぬ」
そう言うと侍は脇差を構える。蜘蛛はぽろぽろと大粒の
呪いの臭み #毎週ショートショートnote
「よくここに来ました。皆さんは運がいい」
深夜2時。心霊スポット帰りに怪奇現象に見舞われた4人組が訪れたのは消臭寺。日本で唯一"呪いの臭いを嗅ぎ分けられる"力を持つ和尚がいる寺院。
「あの、実は」
背の高い男が切り出したのを遮り和尚は言う。
「皆まで言わずとも大丈夫。この中の誰かにかかった呪いを祓いましょう」
そう言うと和尚は先の男の臭いを嗅ぐ。
「ぐふっ」
咽せた。
「すみません、出がけに餃子を
カフェ4分33秒 #毎週ショートショートnote
からんからん。ドアベルをくぐって私は店内に入る。
遂に辿り着いた。都市伝説なんかじゃなかった。
「カフェ4分33秒」それがこの店の名前。どんな人でも人生でたった一度だけ訪れることができる。
滞在時間は4分33秒だけ。それがここのルール。
カウンターにはマスターが一人。私を一瞥したのも束の間、すぐにコーヒーが出される。品書きはこれだけ。
席に着きコーヒーを啜りながら店内を見渡す。出ていく者、入って