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記憶冷凍 毎週ショートショートnote

冷凍庫から試験管を取り出すと、博士はほくそ笑んだ。
それは博士が若かりし頃の数少ない女性との蜜月の記憶を保存したものだ。記憶は液状で薄桃色をしていた。研究の末に手にした記憶冷凍の技術を今から味わうのだ。
それを飲み干すと、目を瞑り集中する。頭の中で記憶が再生される。
「ぐふふ」
殆どを研究に捧げた人生が報われる。映像のように何度もリフレインできる。博士の口角が緩んだ瞬間だった。
「ぐ、ぐえ。なんだこの臭い」
記憶の中に立ち込める悪臭。腐臭だった。
「こんな記憶はなかったはずじゃが」
さらに博士は、自分の体がフラフラと落ち着かないことに気づく。
浮遊感。まるで酩酊しているようだ。
「な、なんじゃこの記憶は」

時を同じく、博士の助手はメーカーへと電話中だった。
「はい。故障で冷凍機能が止まっちゃうんです。だからナマモノが腐っちゃって。原因なんですけど、この前間違えて缶ビールを冷凍庫で冷やしちゃって、中をビールまみれにしちゃったんですよ」

了(410文字)


以下の企画に参加させていただいています。

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