命乞いする蜘蛛 #毎週ショートショートnote
「お侍様、どうか命だけは」
蜘蛛は両手を擦り合わせ祈るようにそう言った。
「ならぬ。主君に背くは武士にあるまじき所業。命を以て償う他なしだ」
侍は脇差を抜く。月明かりに刃紋がぬらりと光る。
「たしかに私が姫君が大切にしていた蝶を食ってしまいました。しかし、これではあんまりです」
「仕方のないことだ。くだんの一件で殿様は大層お怒り。償わねばならぬ」
そう言うと侍は脇差を構える。蜘蛛はぽろぽろと大粒の涙を溢した。侍が浪人だった頃からの付き合いだ。その思い出が頭を巡る。
「蜘蛛よ。地獄でまた会おうぞ」
「お侍様」
それが最期の言葉だった。
鮮血が壁に天井に飛び散る。
ぐう、と唸ると侍はばたりと倒れ、ぴくりとも動かない。白装束に朱が広がる。
蜘蛛に処罰が言い渡された時、侍は蜘蛛の命乞いをした。
そして今、蜘蛛は侍の命乞いをした。だが、蜘蛛の願いは届かなかった。
血で汚れようとも決して切れぬ糸のような絆。それはまるで赤い糸のようだった。
了(405文字)
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