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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2024年1月の記事一覧

『殉教』

『殉教』

あるショートショート作家がこう言った

俺はそれを論破した

じゃあどんな言語で書くんだよ

どんなテーマを扱うんだよ

どんな優れた文章だって

ある程度は作品のその背景に

何かしらの文脈があるだろう

人類に普遍的なコンテクストなんて

ありえないんだよ

わかったか?

そう納得したようだ

俺は続けた

もう何も書けないだろ

何も喋れないだろ

呼吸も止めとけよ

ほどなくして

その

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『お悩み相談所』

『お悩み相談所』

スッキリした

相談して良かった

話す前はほんとうに

つらくてつらくて

悩みを打ち明けること自体も

とても勇気のいることだった

それから相談料も

決して安くないし

解決するのか疑問もあって

むしろ悪化するのではなんて…

でも今はとっても

晴れ晴れとした気分

他人には言えない悩み

ふつうは誰もが

胸のうちにそうっと

しまっておきたいはず

でも誰かに話せば

すうっと楽に

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『たかいたかい』

『たかいたかい』

物心がつく前からだから

そりゃ当然はっきりとは

記憶にないけど

それでもとっても楽しかったのは

とても印象に残っている

あんまりやりすぎると

事故の懸念もそうだけど

脳に影響があるんじゃないかとか

ママのほうが心配するくらいで

小学校も4年生になる頃には

僕もさすがにパパに

たかいたかいをねだることはなくて

よく見たらパパは

身長が185センチもあるから

ほんとに高いん

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『村長の家系』

『村長の家系』

外の世界も知っておけという

父の言いつけのとおり

俺は国立大学を出て

東京の総合商社で働いている

三十路になるくらいに

戻ってきてほしいと

そう言われている

俺は村長の家系の

ひとり息子

そのうち地元で父に代わって

村長になるんだ

他に選挙に出るものもいないから

必然とそうなるわけ

しかし

どうしたものかな…

いや別に

都会暮らしに未練はないんだ

遊びたいってわけ

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『「いや、ついさっきブックオフに行ったものでね」』

『「いや、ついさっきブックオフに行ったものでね」』

俺より親父のほうが緊張してて

ここ何日も

ずっとそわそわしてる

いや俺の彼女が来るんだから

親父は落ち着いとけよ

っていうかなんなら

出かけててもいいぞって

そう思ってる

母ちゃんは料理作ってくれて

姉ちゃんは掃除してくれて

俺はまあ色々それを手伝って

親父はただ邪魔なだけ

「ブックオフ行ってくる」

居ても立ってもいられず

立ち読みに出かけるらしい

「ちゃんと時間には

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『散骨』

『散骨』

大学の試験期間だったから

地元から遠く離れている俺は

通夜にも葬式にも

駆けつけることはできなくて

夜道の横断歩道

赤信号を無視して進入してきた

大型トラックにはねられて

親友のKは

即死だったときく

俺はひとりアパートで

ヤツを悼んだ

しばらくふさぎ込んだけど

大学の仲間が励ましてくれて

試験も終わったから

かわるがわる

俺のアパートにも来て

夜通し飲んだり

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『手術』

『手術』

「あ手術ですねぇ、はいこちらの用紙へ」

いよいよやることに決めた

「最短で4か月先の○○日ですが」

ためらっていたって

「前の晩は21時までに食事を済ませて」

早晩やらないことには

「麻酔しますんでね、ご自身で運転はせずに」

文明から取り残されるだけ

「すべて無料ですよ、お部屋をグレードアップしなければ」

国民IDの体内埋め込み手術

これを済ませてしまえば

パスポート

運転

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『キーを挿したままで』

『キーを挿したままで』

パーキングに着いても

後部座席の3人は

寝息を立てたままだったから

助手席の俺と

運転してる醸田だけが

キーを挿したままで

休憩に降りた

トイレを済ませて

缶コーヒーを買う

まだドライバー交代は先だから

醸田には

がんばってもらわないと

キーンと張り詰めた真冬の夜

あたりはすっかり暗くなって

飲食の屋台もほとんどが

店じまいを始めている

そんななか

五平餅があまり

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『ミレニアム関連の話』

『ミレニアム関連の話』

「あぁあと1年を切ったかぁ…」

「これまでの経理データ全滅かも…」

「ライフラインが全部止まる可能性あるよね…」

「さすがにここまでの時間の経過、想定されてないんだね…」

西暦9999年1月某日

西暦10000年問題のXデーまで

残り1年を切った

あらゆるデジタルのシステムは

5桁には対応していないから

金融、医療、軍事、通信、交通、商業…

西暦の桁が繰り上がることで

どうい

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『面会謝絶』

『面会謝絶』

彼氏が事故にあったって

救急隊のひとから連絡きて

ウチ急いで病院行ったら

面会謝絶ってなってて

もう心配過ぎて

こっちがしにそうってくらい

わけわからんくてパニくって

それでちょっと落ち着いて

もう丸一日くらい経ってんのかな

ナースさんにきいても

ずっと面会謝絶ってゆうし

心配だけどウチ一回帰って

着替えとか持ってくる

もう三日経ってるんよ

さすがにウチも

仕事そろそ

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『地域』

『地域』

きょうの晩飯は焼き魚か

んん

そういう気分じゃなかったけど

しかたないか

思えばもう少し先のほうから

カレーのにおいがしていたんだ

そっちにいけばよかったよ

檜風呂のお宅が

きのうから留守だ

しょうがないから

ふつうので我慢しよう

私はきれい好きなものだから

毎日風呂を浴びたいし

それにあんまり清潔でない風呂は

願い下げなんだ

いよいよ寒さが本格的だから

どこかでダ

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『日曜日の夜だというのに』

『日曜日の夜だというのに』

日曜日の夜だというのに

業務用の携帯電話が鳴った

知らない番号からだ

もしかして客先の方かも

面倒とは思いつつも

渋々とした気持ちを抑えて

「もしもし」

「もしもし、あ、山田さん?」

「ええ山田でございます」

「ああっとね、私、稲岡、稲岡です」

「稲岡様」

「違う違うお客さんじゃないって」

「はい」

「明日から、営業三課を担当する稲岡」

そういえば

体調を崩して休職に

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『埋立地の仕事』

『埋立地の仕事』

まだ日が昇るまえに

新都市鉄道の終着駅で降りて

改札の先にはバスが待っている

そのバスになだれこんだら

埋立地のなかを巡回して

物流倉庫やら

港の設備やらを経由して

これまた終点まで揺られる

まだ眠気が残っているから

意識が遠のいたころに

目当てのバス停に着く

海風が強い

遮るものがないから

耳に刺さる

空き地の雑草が靡く

「じゃコレ」

”カカリインさん”から

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『好色濡れ専男の走馬灯』

『好色濡れ専男の走馬灯』

身寄りもおらず

痔瓶は独り床に伏していた

弱り切った脳味噌と

元来モノゴトに執着しない性分から

本名さえ忘れかけているところ

民生委員の柿田さんの呼びかけで

ああ自分のことかと思い出す始末

「鈴木さぁん鈴木二郎さぁんお食事ですよ」

まさか柿田さんにまで

痔瓶と呼ばせるのは

なんとも忍びない

そのくらいの分別はまだ

失っていなかった

--

あれは遡ること六十余年

中学を

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