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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#掌編小説

【掌編小説】Love is Reality

【掌編小説】Love is Reality

 目覚ましのアラームが鳴る。テレワークの導入で通勤がなくなり、朝の時間を有効に使えるようになったので、ゆっくりと朝食を摂り、日課の英会話の勉強を済ませる。
 さて、今日はメタバース会議室で打ち合わせがあったな。
 自室でゴーグルを頭にかぶり、グローブを手にはめる。VRシステムを起動してバーチャル会議室へと入室。すでに他の参加者は入室していて、3DCGの会議室の中に思い思いの姿をしたアバターが佇んで

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【掌編小説】料理の神髄

【掌編小説】料理の神髄

 「Closed」と書かれた札がぶら下がったドアが控えめにノックされる。午後三時過ぎ、ランチが終わってディナータイムまでの間の空白の時間帯。シェフの石橋がドアを開けると、そこにはどこか不安そうな顔をした壮年の男性が立っていた。
「あの、今日ここで開催される料理教室の参加者なのですが」
「こんにちは、本日ご参加の坂井様ですね。お待ちしておりました。中へどうぞ」
 石橋は営業時間の隙間を利用して、マン

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【掌編小説】百代の過客の緩慢な老化とその結末

【掌編小説】百代の過客の緩慢な老化とその結末

Q. AIも老いるのか?
A. 老いる。

 【月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。】

 「百代の過客」はネットワーク上に分散して存在しているAI(Artificial Intelligence)、つまり人工知能である。

その稼働年数は先日遂に百年を迎えることになった。彼(当然のことながらAIに性別など無いが、ここでは仮に『彼』と呼称する)の生みの親であるところの開発者もすでに彼

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【掌編小説】サクラサク

【掌編小説】サクラサク

 人生の分かれ道に差しかかった時、どの道を選ぶのかということはとても重要だ。もし違う道を選んでいたら今どうしているんだろうかなんて、誰でも一度は考えた事があると思う。
 高校三年生の冬。それは人生の大きな分かれ道となる季節。もし僕があのとき、たまたまいつもと違う角を曲がっていなかったら、きっとこの出会いはなかったのだろう。

 最初は気のせいかと思った。それでも気になった僕は、自転車を道端に停め

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【掌編小説】星降る夜に【Side Y】

【掌編小説】星降る夜に【Side Y】

憎らしくて愛しい彼の顔を思い浮かべながら、私は胸元で輝くネックレスにちらりと視線を送る。喜びと切なさが入り交じった曖昧な感情を抱えながら、待ち合わせの駅前広場へと向かって歩く。今日は十二月二十二日。クリスマスイブにもちょっと手前の中途半端な日付だけど、私にとってはとても特別な日。

待ち合わせ場所に現れた智則はいつもの元気がなさそうだった。しきりに両手をこすりあわせて寒そうにしている。調子が悪いの

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【掌編小説】Eyelid

【掌編小説】Eyelid

どうしよう、まだどきどきしている。

自分の心臓の音がこんなにも大きく聞こえるなんて、生まれて初めての経験だった。

彼の声がまだ耳の奥で反響している。

優しい声、少し緊張した声、大好きな声。

その声で、わたしに向かって愛を告げてくれた。

場所はいつもの夜の公園。

ブランコに彼と二人、並んで腰掛ける。キイキイと少し軋むブランコをそっと前後に揺らしながら、とりとめのないお喋りをする。まるで世

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【掌編小説】誰が為の絵画

【掌編小説】誰が為の絵画

「ねえねえ、AIの呪文に『入力してはいけない言葉』があるって知ってた?」
ある日の昼休み、クラスメイトの****がひそひそ声で言ってきた。
「AIって『Imaginarygifts』のこと? 入れちゃいけないって、その……エッチな言葉とか……?」
内容が内容だけに私も小声で返事をする。
「違う違う。もっとやばいワードがあるって話」
「聞いたことないなぁ」
 『Imaginarygifts』

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【掌編小説】Princess On The Bridge

【掌編小説】Princess On The Bridge

綺麗な子だな、というのが彼女の第一印象。特に惹かれたのはその瞳だった。強い意志を感じさせる少し怖いくらいの瞳。
転校してきてすぐの私は、彼女が『橋姫』と呼ばれているのを聞いて首をかしげた。すると最初に出来た友達の由衣が答えてくれた。
「名前が『橋本美姫』だからだよ」
「確かにお姫様みたいだね」
教室の輪の中心にいる彼女を見ながら思わず呟いた。
「明日香もやっぱりそう思う?あんなに綺麗なら毎日が楽し

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

 F氏は写真が趣味だったが、久しぶりに会うと「辞めたよ」と暗い顔で言った。

 彼の冬の娯楽は、G県のとある山での野鳥撮影だったという。同好の士のM氏と二人でしばしば山に入り撮影を楽しんでいた。

 ある日のこと、山に入ろうとした二人は地元の老人に声をかけられた。

「あんたら、今日は山に入ってはいけねぇ。今日は十二日だんべぇ。十二様が山の木を数える日だぃね。人が山に這入ったら間違って木にされちま

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【掌編小説】騒がしい知識

【掌編小説】騒がしい知識

 二十一世紀の初めの頃、世界人口の増加ペースに食料生産能力がいよいよ追いつかなくなったと分かったときに、一部の富裕層は自らを電子データに変換することを決断した。彼らはデータ生命と呼ばれている。

 インタビュアーが感心した様子で話す。

「凄い決断でしたね」

「ところがそういう訳でもなくてね。ヨガやらゼンやらのブームと同じくらいの感覚で、『食糧難の時代到来。いまこそ肉体を捨ててクールでスマートな

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【掌編小説】けなげな鍵

【掌編小説】けなげな鍵

 ちょっと聞きたい。あなたは忘れ物をしやすい人かい? もしそうなら俺と同類なんだが、思うにそういう人は、基本的に適当なのだ。適当にぽいっと置いてしまうからすぐに物を無くしてしまう。それが良くない。まあ色々と忘れ物をしてしまうのだが、よく無くすのは鍵だ。もちろん無くしてしまう俺が悪いのだが、だいたいあのサイズがよろしくない。すぐにそこらの隙間に入り込んでしまって、どこに行ったか分からなくなる。

 

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

ひとつ。

「ねえ、十二様って知ってる?」

ふたつ。

「山の神様らしいんだけど」

みっつ。

「女神様で、一年に十二人の子どもを産むんだってさ」

よっつ。

「だから山の神様の祭りには十二個の餅を供えるらしいよ」

いつつ。

「それとさ」

むっつ。

「山に入るときは十二人にならないようにするんだって」

ななつ。

「山の神様が、自分の子どもと勘違いするかららしいよ」

やっつ。

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【掌編小説】フラッシュバック

【掌編小説】フラッシュバック

バシャッ、と頭の中でフラッシュが閃く。

ーーーーああ、まただ。

私は一人、溜息を吐く。私の意思とはまったく無関係に、過去の瞬間が鮮明に頭の中で再生される。皮膚に感じる温度や空気、匂いまでもが再現されて、私をその瞬間へと強制的に引き戻してしまう。

運転席でハンドルを握る私の横で、甘い笑みを浮かべているのは恋人の聡士だった。こちらを見つめるその瞳はどこまでも嘘がないように見える。私はその瞬間、確

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【掌編小説】老作家の顛末

【掌編小説】老作家の顛末

「うーむ」

 老作家は原稿用紙を前にして、かれこれ数時間は唸っていた。隣には若い担当編集者が老作家の原稿が出来上がるのをひたすら座って待っていたのだが、既に根負けしてしまったのか正座をしたまま居眠りを始めている。がくん、と大きく首が下がると編集者はハッと目を覚まし、老作家に聞いてくる。

「出来ましたか」

「いいや、まだだ」

「そうですか」

 老作家の返事を聞いて編集者はがっくりと肩を落と

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