見出し画像

【掌編小説】誰が為の絵画

「ねえねえ、AIの呪文に『入力してはいけない言葉』があるって知ってた?」
  ある日の昼休み、クラスメイトの****がひそひそ声で言ってきた。
「AIって『Imaginarygifts』のこと? 入れちゃいけないって、その……エッチな言葉とか……?」
  内容が内容だけに私も小声で返事をする。
「違う違う。もっとやばいワードがあるって話」
「聞いたことないなぁ」
 『Imaginarygifts』はいくつかのワードを入れるとそれに基づいて画像を生成してくれる、いわゆる画像生成AIのひとつ。そして入力する複数のワードのことをまとめて「呪文」と呼んでいる。『StableDiffusion』や『Midjourny』『tumbleweed』『DALL-E2』みたいな画像生成AIが最近一気に出てきて、誰でもスマホで気軽にリアルな画像が作れるようになった。
「あ、でも二組の子だったかな、自撮り写真をたくさん入力して、自分を画像の中に登場させてるってのは聞いたよ」
「それ私も聞いた。それに確か四組の子だけど、もっと使いこなしている子なんかは、好きな男の子やアーティストの写真も一緒に読み込ませて、デートっぽい画像なんかを作っているみたい」
「それは考えたことなかったな」
 高画質でしかもこちらの指示に合わせた画像を作ってくれるんだから、上手く使えばそういうこともできるのか。さすがにエッチな画像の出力は制限がかかっているみたいだけど、一部の男子の中にはあの手この手を駆使して制限を突破したつわものがいるとの噂も聞いた。
「それなら『Imagenarygifts』でも頑張れば自分と推しキャラとのツーショットとか作れるのかな?」
「いいねそれ、やばくない?」
 私達の今の使い方は単純で、自作の二次創作小説の挿絵を作らせたり、推しのアニメキャラの非公式画像を生成したりするくらいだ。    『Imaginarygifts』は中国かどこかで作られたものらしくアニメ系の画像生成に強い。最初に登場した画像生成AIは写真みたいなリアル系の画像や、あとは西洋の絵画みたいなアート系の画像ばっかりだったので、私達みたいなオタクの間では『Imaginarygifts』が流行っている。たしか最初は「Imaginarywife空想の嫁」っていう名前だったと思うけど、あるときに名前が変わった。国の規制がかかったって話もみかけた。
 そんな感じで面白がって一日の無料生成上限数まで達するくらいに使い倒しているけど、禁止ワードがあるなんて聞いたことがなかった。話を戻して彼女にどんなワードなのかを聞いてみる。
「私も具体的には知らないの。でも聞いたとこだとそのワードを使って作った画像を見ると、急におかしくなっちゃうんだって。何人か入院した人もいるらしいよ」
「本当にぃ?」
 彼女が普段から見ているニュースサイトはオカルト的な記事もあるから、正直なところ話半分で聞いている。疑う私に対して彼女は「ホントだって。一緒に理由も書いてあったもん」と言いながら説明してくれた。
 それによると、目から受け取る情報は五感全体の情報のうち約80%を占めていて、それによって脳波の活動が影響を受けることがあるらしい。AIに特定の指示を出すと、脳波を大きく乱すパターンを生成できることが判明したっていうスイスのある科学者の報告もあるとかないとか。そういう風に説明されると確かにそれっぽいけど……。
「でも結局さ、具体的なワードがわかんないなら確認のしようもないし。面白そうな話だけど、やっぱりただの噂なんじゃない」
「あっそ。ならそのワードが分かればいいのね」
 私は気がつくべきだったのだ。普段なら多少の言い合いは適当に受け流すはずの彼女が、この時は妙に強情だったことに。

 きっと彼女はなんらかの方法で禁止ワードを見つけ出したのだろう。

 その日から一週間後に、担任の口から彼女が深刻な病気に罹り退学するということが突然告げられた。気がつけば彼女のSNSアカウントも全て消されていて、私は彼女への連絡手段を失っていた。
 もちろん勘違いかもしれない。偶然かもしれない。でも私は確信している。だって、あれほど親しくしていたはずの。彼女一人が消え失せても、何事も無かったかのように世界は進む。そのおぞましさから逃げるように、私はよりいっそう趣味の世界に没頭するようになってしまった。お小遣いをつぎ込んで「Imaginarygifts」に課金して、飽きもせずに画像を生成している。いまも手当たり次第にワードを打ち込んで画像を作っているのだけど。
 ふと、手が止まる。ランダムなはずのワードで生成された画像で描かれていたのは、いなくなったはずの彼女だった。
 ああ、そっか。そこにいたんだね。
 そう思うと同時に、私の世界は闇に落ちた。

<了>

更なる活動のためにサポートをお願いします。 より楽しんでいただける物が書けるようになるため、頂いたサポートは書籍費に充てさせていただきます。