きさらぎみやび

物語を書きます。気に入っていただけると嬉しいです。公式ピックアップ「Fly me to…

きさらぎみやび

物語を書きます。気に入っていただけると嬉しいです。公式ピックアップ「Fly me to the moon」「ホットなカフェオレひとつください。」「虚無の声」/最後のたまごまる杯:金賞 お仕事依頼はX(旧Twitter)のDMまでお願いいたします。

マガジン

最近の記事

  • 固定された記事

あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第一話 「あやかし旅館の竜泉閣」

第一話 あやかし旅館の竜泉閣 ここは創業100年以上の歴史を誇る老舗温泉旅館「竜泉閣」。設備は多少時代がかっているのだけれど、都心から新幹線と在来線を乗り継いで2時間程度というアクセスの良さのおかげでなんとかここまで続いている、こじんまりとした旅館だ。  私は清水優菜。去年の春にこの宿の跡取り息子である清水継春と結婚し、この旅館で若女将として働いている。もともとはしがないイラストレーターとして引きこもり気味で孤独に働いていた私に、接客業なんて果たして務まるのだろうかと不安

    • 【ショートショート】海のメロディ

      「さあねえ、分からないよ。ここらへんにはもう若い子はいなくなっちまったからねぇ」 申し訳なさそうに告げる老婆に頭を下げてその場を辞する。おなかすいた、とごねる息子をなだめすかしながら海沿いの道を歩く。亡き夫の故郷を訪ねたのは彼のいない世界に限界を感じてのことだった。 「子供の頃に一度だけ、故郷の浜辺で幻のように美しい音を聞いたことがあるんだ。それが忘れられなくて今でも音楽を作っている」 彼は生前そう言っていた。私も彼の後を追う前に一度でいいからその音を聞きたかった。あたりは段

      • 【ショートショート】七夕ロマン

        大学のオカルト研究会の部室から外をぼんやりと眺めていたら、どこから持ってきたのか、短冊が大量にぶら下がった笹を持って歩くグループが見えた。そうか、今日は七夕だったっけ。 「織姫と彦星って、1年に1回しか会えないなんて可哀想ですよね。いっそのこと織姫が彦星をさらっちゃえばいいのに」 そんなことをつぶやいたら、会長の東條先輩が反応してきた。私に向けて諭すように言う。 「轟ちゃん、考えてみて。織姫はベガ、彦星はアルタイルって星なのは知ってるわね?」 「まあ。小学生の時にクラスの行事

        • 【ショートショート】一方通行

          「あれ、こんなところに銭湯なんてあったんだ」  近所を散歩しているときにふと目にとまったのはレトロな雰囲気を醸し出している銭湯だった。散歩で汗もかいたことだし、せっかくだからと入ってみることにした。  中には人の気配はなく、どうやら無人営業の店舗らしい。銭湯でこういう営業形態なのは初めてだが、最近は流行っているようだし、そういうものかと納得する。脱衣所で服を脱いで浴室に踏み込むと、洗い場はあるものの浴槽が見当たらない。対面側に曇りガラスがはめ込まれた引き戸があり、そこに張り紙

        • 固定された記事

        あやかし旅館の若女将 ~清水優菜の妖な日常~第一話 「あやかし旅館の竜泉閣」

        マガジン

        • Random Walk
          297本
        • bibliobibuli
          25本
        • at random
          39本
        • Strike a chord
          14本
        • One Minute(s)
          133本
        • Part of Art
          5本

        記事

          【ショートショート】眠れない男

           未だに喫煙者の多い職種の一つに新聞記者があげられるのではないだろうか。 夜討ち朝駆けと言われるように時間を問わない職業だと、ストレス解消のために紫煙を燻らせたくなるものなのかもしれない。  H新聞社の喫煙所では若手記者の田中がベテランの佐藤と記事執筆の合間の一服を楽しんでいた。 「佐藤さん、昼飯には天ぷらでも食べたいですね」 「田中は若いね。俺くらいになると仕事も含めて天ぷらはこりごりだよ」 「え? どういう意味ですか?」 「知らないのか? 隠語で天ぷらってのは、架空の契約

          【ショートショート】眠れない男

          【ショートショート】ヤバT

           まるで討ち入りにでも赴くかのようなギラギラとした表情でその子は現れた。思わず声をかけてしまったのは、その表情だけではなく、真冬だというのにTシャツ一枚という恰好だったからというのもある。それはかなり派手なデザインでロックバンドのグッズなのかもしれないと思った。 「そこの君、ずいぶんと寒そうな恰好しているけど、大丈夫かい?」 「大丈夫です!」  確かに大丈夫だろうな、と思わせる元気な返事が返ってきたが、しかしそれだけで済ませるわけにもいかない。私は彼の背中側に回り込む。日付と

          【ショートショート】ヤバT

          【ショートショート】友情の重さ

          博士が嬉しそうに助手に告げる。 「友情の重さが測れる装置を作ったぞい。このリュックを背負ってスイッチを入れると、背負った本人に向けられた友情の重さが分かるのじゃ」 「また罪深そうなものを……」 助手のつぶやきを無視して博士は得意げな表情のまま、研究所の宣伝用SNSアカウントで大々的に宣伝をしはじめた。情報はまたたく間に広まり、研究所には友情の重さを測りたい人々が列をなして押し寄せてきた。 友人何人かで連れ添って訪れてきた若い女の子たち。グループのリーダー格と思しきいかにも明る

          【ショートショート】友情の重さ

          【ショートショート】雨宿り

          「あ〜あ、雨でも降らないかな」 わずかに開いた窓の隙間から外をぼんやりと眺めながら、てるてる坊主がつぶやきました。それは誰にも聞こえないくらいの小さな声でしたが、てるてる坊主にあるまじきそのつぶやきを聞いているものがいました。スズメのおチュンです。彼女はこのあたりを縄張りにしていて、とくに雨の日は雨宿りのためにこの軒先に降り立ち、てるてる坊主とおしゃべりをするのが好きでした。 おチュンはバタバタと軒先に降り立って、家の中にいるてるてる坊主に話しかけます。 「あら、聞き捨てなら

          【ショートショート】雨宿り

          【ショートショート】カミサマに祈れば

          彼女は祈願上手なのだという。 「昔から【カミサマ】に祈れば何でも叶えてもらえるのよ」 本人が嬉しそうにそう言っていた。 「小さい頃にどうしても友達の飼っている犬が欲しくなって【カミサマ】に祈ったら、その友達から譲ってもらえることになったの」 (その友達は父親が事業に失敗して夜逃げ同然に転校していったという) 「大学の時の彼氏もね、もともとは友達の彼だったんだけど、一緒に遊んでいるうちに私のほうを好きになっちゃったんだって」 (その友達は大学の実験の授業中に誤って強酸を浴びてし

          【ショートショート】カミサマに祈れば

          【ショートショート】ベテラントリマー

          一瞥してすぐに、仕上げを怠っているなと分かった。まずは撫で回すようにして全体の状態を見極める。それだけでおおよそどこをカットし、どこを整えてやればよいのかが分かる。素人はこれをやらずにいきなり細部から手を入れてしまうからよくない。それでは局所的には良くても遠目から見たときのバランスが悪くなってしまう。意外と人は気づかないうちにそういったところが気にかかってしまうものなのだ。私は感触を掴み取るとさっそく目立つところから手を入れ始める。 「編集長、相変わらず凄いですね。あれだけ

          【ショートショート】ベテラントリマー

          【ショートショート】記憶冷凍

          記憶を冷凍できる技術が発明されて久しい。簡単なヘッドセットをかぶるだけで自分の記憶を取り出しておくことのできる手軽さからこの技術は急速に広まっていった。 普及の初期段階では都合の悪い不正の記憶を冷凍して隠しておき、「記憶にございません」などとのたまった政治家が逮捕される、などの珍事もあるにはあったが、過去に何度もあった革新的な技術と同様に世間はこの新しい技術に次第に適応していった。 冷凍されるのは概ね嫌な記憶や都合の悪い記憶で、それを脳内から取り出すことで嫌なことを忘れて快適

          【ショートショート】記憶冷凍

          【ショートショート】放課後ランプ

          気がつくと、放課後だった。 「ん、あれ……。寝ちゃってたのか」 突っ伏していた机から体を起こす。 教室には自分以外は誰もおらず、窓の外からはどこかの運動部の掛け声が聞こえてくる。 「まだ、帰りたくないな……」 教室を出ると玄関には向かわずに廊下を辿って別の部屋の扉を開ける。 「あら、今日は遅かったのね」 白衣を羽織った先生が椅子ごとこちらを振り向いた。ポッと灯ったランプのようなその表情に私は安堵する。 「今日も少し休んで行ってもいいですか」 私のお願いに微笑みながら頷くと、先

          【ショートショート】放課後ランプ

          【ショートショート】君の笑顔は

          「はぁ……」 目の前で幼馴染が何度目かのため息をついている。私は半ば義務的な気持ちで彼に問いかける。 「しっかしアンタも懲りないわね。これで振られたのは通算何度目になるのかしら」 「12回目……」 うつむきながら彼が答える。もうそんなになるのか、と私は心の中でつぶやいた。彼は見た目も悪くないし仕事も医者で収入も申し分ない。 だが、決定的にデリカシーに欠けているのだ。 「それで? 今度はなんて言って振られたの」 「君の笑顔はトラネキサム酸だねって」 「あのねえ、考えてみなさいよ

          【ショートショート】君の笑顔は

          【ショートショート】春を奏でる

          並んで街を歩いていた彼がふと足を止める。楽器店のショーウィンドウの前、そこに展示されているアコースティックギターにどうやら心引かれているようだった。 「そんなに気になるなら見せてもらったら?」 その場に貼り付いてしまったかのように動かない彼に私は声をかける。彼はそうするね、と言って店に入り、店員さんに頼んでそのギターを手に取った。 「ああ、これはいいギターだ。春ギターだね」 そうつぶやきながらギターの指板を優しく撫でる。 「春ギター?」 彼の言葉の意味がわからず、私は疑問を投

          【ショートショート】春を奏でる

          【ショートショート】オバケレインコート

          「オバケレインコートを発明したぞい」 嬉しそうにそう告げてきた博士に向けて助手ちゃんが不審そうな目を向ける。 「また珍妙なものを……ちなみにどんなものなんです?」 「このレインコートを羽織ればオバケのように透けるし空も飛べるのじゃ。具体的にはランダムヘキサゴンタイプのメタマテリアルで波長光の回折と反重力場の形成を同時に行っておる」 「何言ってるか分かりませんが凄いのは確かですね……」 複雑な表情を浮かべる助手ちゃん。 「早速売りまくるのじゃ! すでにネットに広告も出しとるしの

          【ショートショート】オバケレインコート

          【ショートショート】深煎り入学式

          「今年の入学式は深煎りにしたいね」 「はあ。……は?」 今年の入学式に向けての書類の準備中、ふとした様子で校長がつぶやいた。何を言っているのか咄嗟に理解のできなかった私は間抜けな返事をしてしまう。キョトンとしている私に向けて呆れたように校長が話し始める。 「なんだ君は、深煎りも知らんのかね」 「はあ」 「深煎りというのはだね、コーヒー豆の焙煎度合いのなかで最も深い煎り方のことだよ。 苦味が強くなり、酸味はほとんど感じられなくなる。 いわゆる「フルシティーロースト」だな。そのく

          【ショートショート】深煎り入学式