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【掌編小説】星降る夜に【Side Y】

憎らしくて愛しい彼の顔を思い浮かべながら、私は胸元で輝くネックレスにちらりと視線を送る。喜びと切なさが入り交じった曖昧な感情を抱えながら、待ち合わせの駅前広場へと向かって歩く。今日は十二月二十二日。クリスマスイブにもちょっと手前の中途半端な日付だけど、私にとってはとても特別な日。

待ち合わせ場所に現れた智則はいつもの元気がなさそうだった。しきりに両手をこすりあわせて寒そうにしている。調子が悪いのだろうか。聞くところによると今日のためにずいぶん無茶なスケジュールでバイトを入れていたらしい。

「悠香、お待たせ。ごめんちょっと遅くなった」
「ううん、気にしないで。私もいまさっき着いたとこだから」

智則と合流して街を歩き出す。
今日、この日に彼と二人で街を歩くのはとても嬉しかった。私が一年で一番好きな日なのだから。
思わずその言葉が零れてしまっていたのか、彼がこっちに顔を向ける。その瞬間にひゅうと冷たい風が吹ぎ、彼はぶるりと身を震わせるとマフラーを巻き直した。

「寒い?」

心配になって彼に問いかける。彼は答えの代わりにくしゅん、とひとつくしゃみをした。やっぱり調子が悪いらしい。私は声をかける。

「智則、大丈夫? やっぱりまだ家で寝てた方が良かったんじゃないの」

私の心配もどこ吹く風で、彼は大丈夫と軽く言って手を振る。まるで私の心配を振り払うかのようだった。なんだか逃げるようにして私の前を少し足早に歩いて行く。私は歩調を速くして彼の横に並ぶ。今日は意地でもこのポジションを死守するつもりだった。かさり、とポケットの中の包みが音を立てる。

街はクリスマス直前ということもあって、駅前の商店街も軒並みクリスマスの飾り付けに彩られている。だんだんと暗くなってくる時間帯で、ぽつぽつと街路樹に巻き付けられたLED電球が灯り始めていた。商店街の各店舗が工夫を凝らして飾り付けたイルミネーションがあたりを彩り、さながらクリスマスツリーの中にいるようだった。

私の胸元のネックレスも、イルミネーションの光を受けて輝いている。

素敵だなあ、とイルミネーションを見上げていると、隣の智則もいつのまにか歩みもゆったりとなって周囲を見回しているようだった。当然ながらカップルもたくさんいて、私達も周りからはそう見えているのかな、なんてことを考えてしまう。

再びくしゅん、という声が聞こえてくる。
横で智則がくしゃみをするたびに、私はなんとなく複雑な気持ちになってしまって、思わず彼に話しかけていた。

「だいたい、いくら金欠だからってさすがに36時間連続でアルバイトは詰め込みすぎだったんだよ。この寒い中で交通量調査に工事現場の警備員をぶっ続けでやったら、誰だって風邪を引いちゃうって。智則にとってもせっかくの日なのにさ」

いちど口を開いてしまうと、止めどなく言葉が溢れてしまう。違う、こんなことを言いたいんじゃないのに。私の言葉に、智則は知ってか知らずか、一番聞きたくない言葉で答えた。

「そりゃそうなんだけどね。でもそうでもしないと『彼女』へのクリスマスプレゼントが買えそうになかったんだよ」

ああ。その言葉が私を現実へと引き戻す。仮初めの恋人から、ただの友人へと戻してしまう。冷たい現実に私の返事も棘を含んだものとなる。

「まあ智則と彼女さん二人のことだから私がとやかく言うことじゃないけどさ。そもそも彼女さん、明日に帰ってくるかも決まっていないんでしょ?」

智則の彼女さんは所属する民俗学ゼミの調査旅行で遠方に出かけていて、しかもどうやら現地でのフィールドワークが長引いているらしい。
こんな日に、いないなんて。でもそのおかげで今私が彼の隣にいることが出来る。
智則が答える。

「いいんだよ、これはあくまで僕の自己満足なんだから」

彼の優しさが、痛かった。呆れたという表情を無理やり作って彼に向ける。ポケットの包み紙がやけに冷たかった。溜息をつきながら前を向くと、いつの間にか目的地は目の前だった。「ほら、もう着いたし」と言って指し示す。

今日の目的地はアクセサリーショップ。白雪のデコレーションが施されたガラスドアを押し開ける智則の表情は少し緊張気味だった。店員さんがにこやかに私達を出迎える。違うのにな、という思いが私の足を重くする。なんだか場違いな気がして、ずらりと並べられたガラスのショーケースをひとつひとつ覗き込んでいる智則にそっと問いかける。

「いまさらだけど、プレゼントのアクセサリーを選ぶのが私でいいの? 私、智則の彼女さんのことなんて正直あんまり知らないんだけど」

それは嘘。伝手を辿ったり、SNSをこっそり覗いたりして、彼女さんのことは知っている。知りたくないという気持ちと、知りたいという気持ちの狭間で揺れ動きながら結局二人のやりとりを追いかけてしまう。そんな私に智則は朗らかな笑みを向けてくる。

「もちろん構わないよ。僕、知っている人の中で悠香が一番センスがいいと思ってるし」

彼の言葉に胸元のネックレスがあるあたりが熱くなる。思えばこのネックレスをつけて行ったとき、まっさきに気がついて褒めてくれたのが彼だった。

「……ありがと。……そういうとこなんだよね」

そういうとこが、好きなんだよね。

不思議そうな顔をする智則に、なんでもない、と言って首を振る。
結局私が選んだのは、私が身につけているのと同じブランドのピアスだった。

駅までの帰り道。
智則が改めてお礼を言ってくる。

「悠香、ありがとう。あんなに種類があったらたぶん優柔不断な僕だと決められなかったよ。悠香はいつもバシッと決められて凄いな」

違うよ。違う。

「ううん。そんなことない。私にだって決心できてないこともあるよ」

思わず強く否定してしまう。
なんとなく気まずくなって、無言で駅までの道のりを歩く。ポケットの包み紙は私に決心を促してくる。ゆらゆらと揺れる心に、私は飲み込まれてしまいそうになる。

ふと、智則が聞いてくる。

「そういえばさっき、今が一年で一番好きとか言ってなかったっけ、なんで?」

ああ。それを今、聞いてくるのか。観念して私は視線をあげる。帳を降ろしきった夜を彩るイルミネーションに視線を送り、それを反射して胸元で光るネックレスに決心を込めて口を開く。

「えっとね。まあ色々理由はあるんだけど。冬は星が綺麗だとか、イルミネーションが綺麗で好きだとかね。それに……ほら、クリスマスって十二月二十五日がピークで、それを過ぎるといい気にお正月モードになっちゃうでしょ。だからこのクリスマスムードが盛り上がっているタイミングが一番心が躍るなって思うわけ」

違う。そうじゃないでしょ。冷たい十二月の冷気を肺に吸い込み、立ち止まって深呼吸する。目の前の公園には大きなクリスマスツリーが据え付けられていて、ツリーの頂点からまるで星が流れ落ちるようにデザインされたイルミネーションが光を辺りに放っている。まるで呼応するかのように、私のネックレスが光っている。

「それにね」と、私は声を振り絞る。

胸元で輝く星の光に背中を押されるようにして、智則に向き直る。
彼の目をまっすぐ見つめ、溢れる思いを紡ぎ出す。

「それに、今日は世界で一番好きな人が生まれた日だしね。誕生日おめでとう、智則」

私はポケットからプレゼントを取り出し、とびきりの笑顔で彼へと差し出した。



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