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【掌編小説】けなげな鍵

 ちょっと聞きたい。あなたは忘れ物をしやすい人かい? もしそうなら俺と同類なんだが、思うにそういう人は、基本的に適当なのだ。適当にぽいっと置いてしまうからすぐに物を無くしてしまう。それが良くない。まあ色々と忘れ物をしてしまうのだが、よく無くすのは鍵だ。もちろん無くしてしまう俺が悪いのだが、だいたいあのサイズがよろしくない。すぐにそこらの隙間に入り込んでしまって、どこに行ったか分からなくなる。

 いまどきは後付けタイプの電子錠、スマートフォンで開閉できるスマートロックなんてのもあるらしいが、俺は嫁と二人の賃貸暮らしだし、いちいち全ての鍵をスマートキーにするわけにもいくまい。

 だが最近になってこんな俺にうってつけの商品が販売された。スマートキーならぬ「スイートキー」という商品名なのだが、要は鍵に付ける電子タグとそれを含んだ運用サービス自体の名称だ。これは特定の名称(例えば「自宅の鍵」とか)を付けた鍵が持ち主から一定以上離れて、かつ一定時間が経過すると、運営会社が鍵を回収して所定の場所に届けてくれる仕組みになっている。普通の電子タグだと忘れたことにそもそも気がつかないとか、遠出した際に忘れてしまって回収が難しいということがあるが、これは鍵の方から勝手に追いかけてくれるわけだ。

 この間も出張した時にうっかりと宿泊したホテルに自宅の鍵を忘れてしまったのだが、出張から帰ってみると「自宅の鍵」と書かれた封筒を嫁が受け取ってくれていた。嫁から小言をもらったものの、俺はすっかりこのサービスを気に入って、自分が持っている全ての鍵を登録した。

 それが失敗だった。

 俺は今、自宅で必死になって自分の鞄を探っている。中身を全部出してひっくり返しても見つからない。滲む汗をぬぐいながら探すが、無い、無い。どこにも無い。確かにキーホルダーにつけていたはずなのに。嫁がそんな俺を不審そうに見つめている。

 俺が忘れたのは出張にかこつけて訪問した、浮気相手の部屋の合鍵だった。うかつにも「ユキ子の部屋の鍵」と登録してしまっている。

 ピンポンと、玄関のチャイムが鳴った。

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