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【掌編小説】十二様

 F氏は写真が趣味だったが、久しぶりに会うと「辞めたよ」と暗い顔で言った。

 彼の冬の娯楽は、G県のとある山での野鳥撮影だったという。同好の士のM氏と二人でしばしば山に入り撮影を楽しんでいた。

 ある日のこと、山に入ろうとした二人は地元の老人に声をかけられた。

「あんたら、今日は山に入ってはいけねぇ。今日は十二日だんべぇ。十二様が山の木を数える日だぃね。人が山に這入ったら間違って木にされちまうぞ」

「はぁ。十二様ってなんですか」

 聞き返しても老人の話は要領を得ず、ただ山に入るなと繰り返して去って行った。しかし公に入山が規制されているわけではない。地元民から見られないように少し外れた所から山に入ろう、ということになった。

 それが良くなかった。

 歩き慣れた山とはいえ、道を外れれば途端に険しくなる。藪を抜け、枝を掻き分けるうちに、位置を見失ってしまった。夕方になって気温が下がり、天気も悪くなる。みぞれ混じりの雨の中、慌てて下山しようとした所で、M氏が滑落してしまった。荷物を失った上に足首を痛めてしまい動けなくなる。二人のいる場所は谷底なのか、電波も届かず救助を呼ぶことも出来ない。

「もう今日は諦めよう」

「すまない……」

 辺りは暗くなっており、F氏は野宿を決意した。持っていた一人用テントにM氏を寝かせ、自分は毛布をかぶって寝ることにする。

 深夜、F氏はどこからか声を聞いた。それは遠くかすかに聞こえるようでもあり、すぐ耳元でささやいているようにも聞こえた。ゆっくりと何かを数えている。

「ひとつ……。ふたつ……。」

 恐ろしくなったF氏は、頭から毛布にくるまって、両手で耳を塞ぎ、無理やりその言葉を無視した。

 いつの間にか寝入ってしまっていたのか、F氏が目を開けると既に朝になっていた。ほっとしたF氏が振り向くと、M氏の姿はどこにも無い。そこにあったのは、テントがあったはずの場所に生えた一本の木だった。よく見れば木の先端付近にテント布とおぼしき物がひっかかっている。

「まるで『テントの中から木が生えた』ように見えたよ」

 F氏はその後転げるようにして山を下り、そのまま麓の警察署へと駆け込んだ。大規模な山狩りが行われたが、M氏は結局行方知れずのままだという。

「山狩りの際に再度老人に出会ったけれど、だから言ったのにと言わんばかりの視線がやけに印象に残っているんだ」とF氏は話の最後にそう呟いた。

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