綾瀬はるか 「戦争」を聞く シベリア抑留者たちの記憶

1945年8月15日、戦争は終わりました。
でも、そこから始まった
『地獄』があったのです。

寒さと重労働。そして、飢え。
極限のシベリア。
そこで人は、どう生き延びたのでしょうか。

京都・舞鶴。

この日、大学生たちは、
熱心に耳を傾けていました。
想像を絶する、その話に・・・。

安田重晴さん。98歳。
語ったのは、シベリアでの抑留体験でした。

「やっぱり伐採ですな。ノルマができないもの

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2019/8/12月休~8/18日

8/12月休
朝がた大気の状態が非常に不安定になり、境内には一時雪が降り積もったのだが、それはどうやら夢だったようだ。

きょうもジリジリと陽射しが強い。

ハーモニーホールふくいにて、KAKUTAのとびだす童話「ねこはしる」を観劇。

夕方から、やむなし稽古。先に「この道」、続いて「ビール」。

***

8/13火
フォーラム、ひとり出勤。お盆期間で電話も鳴らず、ウェブの更新作業など。

夕方

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東京大空襲・戦災資料センターへ行ってわかったこと

終戦記念日の8月15日、東京・江東区にある東京大空襲・戦災資料センターへ行きました。自宅に近く、ずっと気になっていた施設。「みんなで学び、伝えよう!東京大空襲」と題した夏休み特別企画を機に、娘を連れて初めての訪問となりました。

ちょうど名誉館長である早乙女勝元氏による「親子のための平和授業」を聞くことができ、心に留めたい貴重なお話だったので、そのエッセンスを記しておきたいと思います。

東京空襲

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きっと、二人も天国から平和を願っていることだろう。

終戦の日。わが家は取り憑かれたかのように終戦特集の番組を食い入るように見つめる。これも、間違いなく曾祖母と祖母の影響。

祖母の父、つまりわたしの曾祖父は第二次世界大戦で戦死した。日中戦争で生還したというのに、曾祖母と結婚して約半年で出征した。だから、わたしはもちろん、母も祖母も曾祖父に直接会ったことがない。曾祖母と祖母は自分の夫、そして父の面影を求めて毎年終戦特集の番組を食い入るように見てい

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家族

何気な〜く前の家に行ったら、当たり前のようにバナナと水が出てきた。正直挨拶だけ軽くして仕事に行く予定だったが、これは断れない。3か月もいると、どうやって振舞ったらいいのかが自然とわかってくる。パパッと食べて、少し会話をして配属先に行った。

昨日その家を去る時にも、今日も言われたことだが、「いつでも来ていいよ。ここはあなたの家だから。いつでもおもてなしするし、何かあったらすぐにおいで」と。

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キャンプ場で考える戦争のこと #01 終戦の日に、荒れ狂う台風が洗い出してくれたもの

「戦後民主主義教育の実践」の場として、余島キャンプ場はスタートした。

おそらくまだ戦争の色が強く残った1949年、余島キャンプ場はプレキャンプを実施する。

そして翌年の1950年キャンプ場開設から現在までずっと、キャンプが続いている。

日本では、YMCAが1920年に、現在のサマーキャンプの原型となるキャンプをスタートしたとされている。

「青少年の生活そのものは、教育的に指導することができ

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私たちの 終戦の日 を9月2日に!

「終戦の日」の正式な英語表現を調べてみて気づいたんです。
Victory over Japan Day縮めて V-J Day、 Victory in the Pacific Day縮めてV-P Dayらしいんですが、8月15日じゃなかった。

欧米だと戦艦ミズーリ上での降伏文書調署名があった9月2日が対日戦勝記念日。 台湾はなぜか1日ずれて9月3日。 冷静に考えると当たり前の話で、相手があっての戦

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Do not work too hard
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