植草甚一

24. ある編集者のユートピア 小野二郎:ウィリアム・モリス、晶文社、高山建築学校 世田谷…

6月1日から美術館などが再開され、楽しみにしていた世田谷文学館での安西水丸展にようやく行くことができた。水丸さんが亡くなってからというもの、開催される展覧会には行けるだけ行っている。ギャラリーG8での展示、ちひろ美術館での「村上春樹とイラストレーター」展、実家が愛知県名古屋市のため…

『コラージュ、カットイン』

僕は植草甚一さんの本が好きで随分と集めた。 恐れず言わせていただけるなら、 ジャズ、ロック、現代音楽……いずれもに対して氏は 『偉大なる素人/門外漢』 であった様に思う。 その古本屋巡りは都内では飽き足らず終いにはニューヨークに乗り込んで今で云うところの“爆買い”にまで至るw。 …

退屈は利用するのだ

治療の現状についての整理。 2回目の抗がん剤を投与されて2日目。 初日は比較的変化がなかったが、2日目になって食欲不振、しゃっくりなどの副作用が現れた。それぞれの副作用には対処する薬がある。薬だらけだ。飲むタイミングもバラバラなので、間違えないように管理するのが大変。 飲んだ薬の包材を…

つまらない時代だから本当の笑いを

謙也は午前〇時頃起きて、今時分の3時30頃に腹が減る。台所で昨日の残り物を探す。白飯と味噌汁が残っていた。白飯は丼に半分、味噌汁は、僅かにガスコンロの上の小さな鍋に残っていた。極め付けは、アヒージョに使った唐辛子やニンニクが入ったオリーブオイルだ。面倒くさいとこれも温めてから白飯に…

「植草甚一の英語百科店」

こんな本があったのか! 私が大学一年だった1976年の夏に主婦と生活社が発売したJJ氏の英語講座。ニューヨークで集めた雑誌やカタログをスクラップブックにしたもので、学校では使えない内容が多い。 しかし、興味があることなら語学力がぐんと伸びるという、学校が知らない本質をついています。 20…

植草甚一

植草甚一氏が1979年に亡くなって今日2018年12月2日が39年目。 古い雑誌を眺めていると読んだことのない記事がチラホラ。これは1957年の「映画の友」4月号。 ずっとジャズが好きなのかと思ったら、前年夏から夢中になったとあります。どんなレコードプレイヤーなんだろう?まさか、黒光りする招き猫が…

【忘れられない一冊】 大学一年生の頃に読んで「植草甚一、こんな人がいたんだ!」とすごく感銘を受けた一冊の雑誌。神楽坂の特集で、古本屋とか喫茶店とかチーズ屋さんが一緒に紹介されてた。こんな大人になりたいと思った。それから、penだけは毎回チェックしてるけど、未だこの回は超えてない。

発想力をつけたいならタウンウォッチングが最も強力

事業戦略大学(教員1名・生徒無限大)顧客経験価値のための商品企画開発の実践コース第16回 タウンウォッチングとは、テーマを決めて街を観察し、そこで得たインスピレーションから顧客経験価値や商品企画を発想する方法です。 顧客経験価値を観察する機会がほとんどない中で仕事をしていた 私が…

「夏の嵐」(1954)

植草甚一氏、没後37年。毎年12月2日には「映画だけしか頭になかった」で論じている作品を鑑賞しており、今年は1954年の「夏の嵐」。 4作目にして日本で初めて公開されたヴィスコンティの長編。19世紀半ばのベニスで伯爵夫人アリダ・ヴァッリがオーストリアの中尉ファーリー・グレンジャーに激しく恋す…

1971年版「推理小説代表作選集」

12月2日、植草甚一氏の36回目の命日。ここ数年の命日は「映画だけしか頭になかった」に出てくる映画を一本選び、DVD鑑賞し、そのエッセイを楽しんでいたのですが、今年は「こんなコラムばかり新聞や雑誌に書いていた」の「中間小説研究」から何か面白いものが読みたくなりました。 いっぱい言及されて…