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「ほんとよむ」はじめました。オルタナティヴな「読みかた」で、いろんな本を楽しんでいきま…

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「ほんとよむ」はじめました。オルタナティヴな「読みかた」で、いろんな本を楽しんでいきます!

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最近の記事

『三四郎』 – 日めくり文庫本【12月】

【12月31日】 「里見さん」  出し抜に誰か大きな声で呼だ者がある。  美禰子も三四郎も等しく顔を向け直した。事務室と書いた入口を一間ばかり離れて、原口さんが立っている。原口さんの後に、少し重なり合って、野々宮さんが立っている。美禰子は呼ばれた原口よりは、原口より遠くの野々宮を見た。見るや否や、二、三歩後戻りをして三四郎の傍へ来た。人に目立たぬ位に、自分の口を三四郎の耳へ近寄せた。そうして何か私語いた。三四郎には何をいったのか、少しも分らない。聞き直そうとするうちに、美禰子

    • 『暇と退屈の倫理学』 – 日めくり文庫本【12月】

      【12月30日】第二章 暇と退屈の系譜学——人間はいつから退屈しているのか?  これまでの議論で、退屈が人間と切り離しがたい現象であることは分かってもらえたと思う。退屈しない人間はおらず、生きることは退屈との戦いである。そんな印象すらある。 『聖書』は原罪という物語によって人間の宿命を説明した。それによって人々は、自分たちの苦悩に満ちた生について納得のいく解釈を得ようとした。私たち人間はかつて罪を犯したから額に汗して働かなければならなくなったし、女性は苦しんで子を産まねばな

      • 『鳥の歌』 – 日めくり文庫本【12月】

        【12月29日】「冷戦が激しさを増し、核戦争の脅威が世界中に広がったとき、私は自分が自由に使えるただ一つの武器、私の音楽をひっさげて平和運動に乗り出した。『エル・ペッセブレ』(飼葉桶)という、キリスト降臨にもとづく自作のオラトリオをたずさえて、いろいろな国の首都を訪問することを始めた」      § 「私はいつも本能的に暴力を憎んできた」      § 「第一次世界大戦の残虐な年月に、初めてこの世界の悲惨さを目の当たりにしたとき、私はまだバルセロナにいて若かった。私は

        • 『計算機と脳』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月28日】数学の言語ではなく脳の言語  この主題をさらに追求していくと、必然的に言語[#「言語」に傍点]の問題に至る.すでに指摘したように,神経系は二つの型の通信に基づいている.算術的な表現を含まないものと含むもの,つまり,命令の通信(論理的な通信)と数値の通信(算術的な通信)だ.前者を本来の言語,後者を数学と呼んでもよい.  言語はおおむね,歴史的な偶然の産物と了解するのが適切だろう.人間の基本的言語は昔から,様々な形で私たちに伝わっているが,多数が存在すること自体

        『三四郎』 – 日めくり文庫本【12月】

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        • 第三篇『ゲルマントの方』夜話 – プルーストの処方箋
          18本
        • 日めくり文庫本【12月】
          31本
        • 日めくり文庫本【11月】
          31本
        • 日めくり文庫本【10月】
          31本
        • 日めくり文庫本【9月】
          30本
        • 日めくり文庫本【8月】
          31本

        記事

          『ロウソクの科学』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月27日】 さて、これから皆さんを、私たちのテーマのたいへん面白い部分にお連れしましょう。それはロウソクの燃焼と、ヒトの体内で起こっている、生命にかかわる燃焼との関係です。私たち一人一人の体の中で、ロウソクの燃焼にきわめてよく似た燃焼の生命過程が起こっているのです。この点を皆さんにははっきりわかってもらう必要があります。じっさい、ヒトの生命と小ロウソクの生命とは、別に詩的な意味だけではなく、本当に関係しているのです。私の話を聞いていただけるなら、皆さんにもはっきりするで

          『ロウソクの科学』 – 日めくり文庫本【12月】

          『北回帰線』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月26日】 ぼくはこの断片的なノートをすら書いているひまがないほど、あわただしく、はげしく、生きることを強いられている。電話のあと一人の紳士とその細君とが訪ねてきた。ぼくは取引がすむまで二階へあがって横になっていた。寝ながら今度はどこへ移ろうかと考えていた。男色野郎のベッドに戻って、一晩じゅうパン屑を足のさきで蹴って輾転反側するなんてのは、まっぴらごめんだ。あのいたずら好きの父なし子め! 男色野郎より悪いものがあるとすれば、それは守銭奴だ。臆病な、いつも慄えてい小ぎたな

          『北回帰線』 – 日めくり文庫本【12月】

          『飛ぶ教室』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月25日】 外は雪が舞っていた。クリスマスが匂い立っていて、もう鼻先までできている……たいていの生徒は庭に走り出て、雪合戦に加わった。神妙な顔をやてくるのがいると、力まかせに木をゆさぶって、枝につもっている雪をドサドサと落下させた。庭には笑いがあふれていた。上級生が数人、タバコをふかしながらオーバーの襟を立て、しかつめらしくオリンポスへのぼっていく。(オリンポスとは庭のはずれのいわくありげな丘で、最上級生しかのぼれない。噂ばなしだが、そこには古代ゲルマン人の生け贄の石が

          『飛ぶ教室』 – 日めくり文庫本【12月】

          『饗宴』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月24日】 太古の昔、俺たち人間は、現在のような姿はしておらず、それとはまったく異なる姿をしていた。  第一に、人間には三つの性別があった。すなわち、現在のような男性と女性の二種類だけでなく、第三の性別が存在していたんだ。これは、男性と女性をあわせもつ性別で、いまでもその名称は残っているんだが、この性別自体は消滅してしまった。これを〈アンドロギュノス〉といい、太古の昔には、これも一つの種族であった。このアンドロギュノスは、姿も名前も、男性と女性という二つの性が一緒に合わ

          『饗宴』 – 日めくり文庫本【12月】

          『梶井基次郎全集』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月23日】一  季節は冬至に間もなかった。堯の窓からは、地盤の低い家々の庭や門辺に立っている木々の葉が、一日ごと剥はがれてゆく様が見えた。  ごんごん胡麻は老婆の蓬髪のようになってしまい、霜に美しく灼けた桜の最後の葉がなくなり、欅が風にかさかさ身を震わす毎に隠れていた風景の部分が現われて来た。  もう暁刻の百舌鳥も来なくなった。そして或る日、屏風のように立ち並んだ樫の木へ鉛色の椋鳥が何百羽と知れず下りた頃から、だんだん霜は鋭くなって来た。  冬になって堯の肺は疼んだ。

          『梶井基次郎全集』 – 日めくり文庫本【12月】

          『蕪村俳句集』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月22日】857 客僧の狸寝入やくすり喰(安永元)   春泥舎に遊びて 858 霊運もこよひはゆるせとし忘(安永三・一二) 859 にしき木の立聞もなき雑魚寝哉(安永元) 860 おとろひや小枝も捨ぬとし木樵(明和五・一二・一四) 861 うぐひすの啼くや師走の羅生門(安永七・一二) 862 御経に似てゆかしさよ古暦(安永三・一二) 863 としひとつ積るや雪の小町寺(安永二・一二) 864 ゆく年の瀬田を廻るや金飛脚 865 とし守夜老はたうとく見られ

          『蕪村俳句集』 – 日めくり文庫本【12月】

          『四季をめぐる51のプロポ』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月21日】  母たちは言う、「エレベータやメトロやスピーカーに気を奪わらたらダメだ。ただ人間となることだけを考えなさい。人間だけにできることができるように、人間だけがあえてやることを大胆にやれるように、自分の精神の均衡にしたがって考えるように。そのためには、すべての人間の名誉でありその真の祖国である十人ほどの人が模範として役立つだろう。ホメロス、シェイクスピア、モリエール、ゲーテ、ユゴー、また同じくアルキメデス、ケプラー、デカルト、ニュートン。彼らはあなたに、すべての人

          『四季をめぐる51のプロポ』 – 日めくり文庫本【12月】

          『第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月20日】 炊事係としての私の日常がはじまった。家庭では家族がそれぞれ朝飯の時間を異にしていたので、朝の食事の支度をした私は、その支度をがらんとした茶の間のまんなかに置き、いつ誰が起きても朝の食事のできるようにしておいた。それから私は私の住いである女中部屋にかえり、睡眠のたりないところを補ったり、睡眠のたりている日には床のなかで詩の本をよみ耽る習慣であった。旅だつとき、私は、持っているかぎりの詩の本を布団包みのなかに入れたのである。しかしまことに僅かばかりの冊数で、私は

          『第七官界彷徨・琉璃玉の耳輪』 – 日めくり文庫本【12月】

          『ゼーノの意識』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月19日】2 序章  私の幼年期を振り返るだって? あれから五十年以上の歳月が流れ、老眼になった私の目に宿る光が、幾多の障害に防げられることがなければ、遠いその時代まで見通すことができるかもしれない。高く険しい山のように立ちはだかるのは、私が過ごしてきた年月と時間だ。  医師は、あまり遠い時代までむりに思い出そうとしないように進言した。最近のことがらでも、彼らにとってはそれなりに貴重であり、とくに昨晩の空想と夢が大切田という。だが、多少は手順を踏む必要があるだろうし、

          『ゼーノの意識』 – 日めくり文庫本【12月】

          『志ん朝のあまから暦』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月18日】 昔は、中元、歳暮に限りませんで、いつも買い求めている店の中には、カオで貸してくれるところもあった。で、支払いは晦日か、もっと先伸ばしにして盆暮、というのんきな時代。借金を掛といい、借金を受け取りに来る人が掛取。借金てェものは、その場で支払いませんから、ついつい、いい気になっちまって嵩が張ってくる。呑み屋さん、酒屋さんのツケと同ンなじようなもので、気がついた時には積もり積もって富士の山。大変な金額になっている。  熊さん、八つぁんの世界も同様で、 「八つぁん、

          『志ん朝のあまから暦』 – 日めくり文庫本【12月】

          『一汁一菜でよいという提案』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月17日】「お刺身」と「魚の生」は違います。私たちはただ鮮度が良いから食べるのではないのです。魚が獲れた後、それを宝物のように大事に扱い、内臓と鱗を除き、水で洗い、水分をふき取ります。三枚におろし、さく取りする。包丁を取り替えて美しい切り身にしたものを、皿の上に一つの景色を描くように盛る。この一つ一つの作業すべてにけじめをつけ、常に場を浄めてから次をはじめる。魚をただの食材とは考えていないからです。  料理を「作る」と書いても、「造る」とは書きません。「造る」という字を

          『一汁一菜でよいという提案』 – 日めくり文庫本【12月】

          『幼年期の終り』 – 日めくり文庫本【12月】

          【12月16日】 ラインホールドがその小高い岩山を降りはじめたとき、すでに満天には無数の星がきらめいていた。彼方の海上では、フォレスタル号がいまだにその光の指で水面をなでまわし、浜辺に組みたてられたコロンブス号の周囲の足場は、電飾をほどこしたクリスマス・ツリーに変貌していた。突き出た船首だけが、星空を背景に黒々と浮きあがっていた。  宿舎のほうから、ラジオがダンス音楽をがなりたてているのが聞こえてきた。無意識のうちに、ラインホールドはそのリズムにあわせて足を速めていた。砂浜に

          『幼年期の終り』 – 日めくり文庫本【12月】