カイヨワ

『遊びと人間』の紹介

今回は,『遊びと人間』(カイヨワ,多田道太郎・塚崎幹夫訳,講談社学術文庫,1990)についてご紹介します(以前,この本の書評を書いたことがあったのですが,それを載せていたWebサイトがなくなってしまったため,こちらに移すとともに,改めて書き直して公開しています)。本書はホイジンガの『ホモ・ルーデンス』と関連します。よろしければ『ホモ・ルーデンス』の紹介記事もご参照ください。

どのような本か

 

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うれしいです!

第十五夜 『遊びと人間』 ロジェ・カイヨワ

「文化はあそびの形式の中で発生し、はじめのうち、文化は遊ばれた」
 ホイジンガが『ホモ・ルーデンス』の中でそう書いたのをうけて、「遊び」をより体系的に規定していこうと試みたのが本書。
 カイヨワは文学者、社会学者、美学者にしてジャーナリスト。こういう総合的な知の探索者がたくさんいる時代と地域のほうが絶対的にすてきだ。

 カイヨワはびしっと端的に遊びの定義をする。
1、強制されない自由な活動。

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ありがとうございます!
2

カイヨワ  遊びは無数にあり、その種類はさまざまである。

遊びは無数にあり、その種類はさまざまである。社交的遊び、戸外の遊び、(はめ絵のような)根気の遊び、(積み木のような)建設の遊び、等々・・・・・・。ほとんど無限といってよいこうした多様性にもかかわらず、著しく変わらないのは、遊びという言葉が常に、くつろぎ、リスク、巧妙といった観念をよびおこすことである。とりわけ、それはかならず、休息あるいは楽しみの雰囲気をともなう。それは、憩わせ、楽しませる。そ売れ

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読書感想文 遊びと人間

優れた歴史家は「遊び」について考える時、たくさんの資料をひっかきまわして調べ、一方の心理学者は体系的観察を繰り返した後に遊びが社会にとっては文化的活動の発展のために、あるいは個人にとっては精神教育と知的進歩のために必要な主要原動力、活力の一つではならないと考えている。
 「遊びの無償性」というものを考えた時、この考え方は意味深く聞こえる。遊びは「取るに足らないもの」と考えられるもう一方で、重大な影

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ありがとうございます。♡の一つ一つが書く意欲に繋がります。
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旅行から観光への変化と、消費活動の変化から見える矛盾。

19世紀の諸革命を契機に、「旅行」は大衆化された「観光」に変化していった。極めて劇的に変化したというわけではないが、その変化の速度には驚かされるものがある。

「旅行」は、例えるならば、自分で自分の身体を使い、スポーツを行うこと

「観光」は、そのスポーツを見ること

主体的、能動的に未知の存在を希求し、時には自らの命を賭すことさえありうる「旅」「旅行」は、その体験としては、純粋なものに近しい存在

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気に入りましたか?まさか...私の半身?
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プレイ論 舞踊学講義(著:片岡康子ら)を読んで思うこと その2

頭が悪いので再読をしています。

ロジェ・カイヨワが唱えたプレイ論によれば、遊びは、アゴーン(競争)、アレア(偶然)、ミミクリー(模倣)、イリンクス(めまい)の四要素によって構成され、加えてパイデイア(自由)とルドウス(熟達)という一対の概念も加えて語られている。

舞踊が遊びであるかという議論は別である気がするが、遊び的要素を多分に含んだ行為であることは間違いなさそうだ。

当方、大学3年で

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あの日見た夢

岬に建つガラス張りの建物の中から、海の方を眺めていた。
空恐ろしくなるような晴天の午後、海はきらきらと光っていた。
三機の透明な飛行機がやってきて、遠くに見える街を爆撃した。
わたしは青い空を見ながら、ぼんやりと
「今日、戦争が始まった。」
と、やけに確信を持ってそう思っていた。

これは、20年以上前に見たわたしの夢の話です。とても印象的で今でもハッキリとその情景を脳内再生することができます。

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ありがとうございます(*´∇`*)
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戦争論-文明・文化

100分de名著から「戦争論」を述べていきたい。第1回は近代的戦争の誕生。著者は人類学者のロジェ・カイヨワ(1913年~1978年)、講師は東京外大名誉教授で哲学者の西谷修氏。ここはTVの流れに乗るべきかも知れないが、私は私の道で出合えた多くの想いを載せたいと思っている。

あなたは力を付けて鰯玉の最奥へ隠れたいと思うかも知れないし、大方の人も恐らくはあなたと同じ感覚だろうな‥こう書かれた記事にム

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スキ ありがとうございます!!
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鬱のようで自己啓発本を読もうかと書庫に行った。勿論オジサンには今時な有名人の本は似合わない。
「ホモ・ルーデンス」にしようと思ったけど、カイヨワの方が具体的でわかり易い。突っ込み所もある。

まあ、浮世は壮大な遊園地のようなものでありまして、僕は遊び尽くすことができるかな。

『路上の言語』Skateboarding is not a Sport13

周縁のものが使うHEROという言葉には、音楽の世界では『WORKING CLASS HERO』がある。抑圧されている状態に不満を感じ反体制の意志を持つものは行動を起こす。反体制的行動を起こす集団は集団の類像としてのHEROを求める。Anti Heroは、抑圧されている周縁のものが中心に対して行動を起こしHEROを求め表れるというような、求める集団と表れるHEROという構造に対してAntiだという意

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