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#夏

夏殺しの夜|詩

夏殺しの夜|詩

「夏殺しの夜」

眠れぬ杜の四季使いが
悠々と夜の空へと手を伸ばす
ひとつふたつと星たちは
揃い右まわりの螺旋を描きはじめた

正しく殺せなかった夏
それは白線のあちら側にあります

忙しなく走る星のひとつが
はたと此方を向いてそう云った
もうすぐ海馬がやってくる

流れを抜けたその星は
僕のまえにすんっと降り立ったあと
白線の向こう側へと消えていく

つうきんろ|詩

つうきんろ|詩

「つうきんろ」

細切れた夏の影が
足もと照らし走り去っていく

ざわわ、ではなく
さささと素早いわけでもなくて

然れど、其れは
一刹那のよに季節を連れ立ち
あたかも夕の浜辺に打ち上げられた
空き瓶の気持ちを運んでくる

目の前の信号が青に変わり
僕は何も無かったように頷いて
いつもの景色のなかを
何時ものように走りはじめた

八日目の夏|詩

八日目の夏|詩

「八日目の夏」

暑すぎた夏は針を戻しながら
棚落ちしたスイカを
くちいっぱいに頬張って
孤独を遠くへ飛ばして遊んでいた

枯れ葉に恋をした焚き火は
湿った風の袖口をそっと摘まんで
秋の入りぐちは何処にあるのと
瞳を俯かせて問いかける

雨が運んできた約束の時間と
ポケットから取り出した秘密の場所

秋という名の旅もいいよね
燻る声のなか
小さなどんぐりが跳ねていた

ちぎれ雲|詩

ちぎれ雲|詩

「ちぎれ雲」

ふたえ重なり伸びゆく影法師
途切れた音に溢れるしずく

見あげる青には忘れた頃の
その名残のようなちぎれた雲に

吹かんすな……

迷い子ごとく差しだす右の手
腫らす涙は赤子のようで

遠い夏、
あぐんだ風を此処にあつめて

夏まつり|詩

夏まつり|詩

「夏まつり」

ゆらゆらと游ぐ金魚すくいの空

まるで笑顔みたいなまん丸の瞳に
僕は釘付けになってしまった

お姫様をさがしているんだ
鼻歌まじりなあの頃のお喋り
おおきな空にちいさな波がたつ

とおくに聴こえる祭囃子が
子守唄のように気泡に溶けた

僕なら此処にいるよ
精一杯に伸ばした指さき
真夏の夜に向かってまっすぐな……

旅先の夏にて|詩

旅先の夏にて|詩

「旅先の夏にて」

夏の真似事をした坂道のさき
潮の薫りよりも強い瞳の向こう側に
モノクロの優しさがうずくまる

下りかけた言葉の尻尾をつまんで
ひょいと掬いあげ微笑むと
僕は選ばれたから此処にいる
そう言って君は僕を抱きしめた

水割りを頭から浴びるような夜
物言わぬ背中に時を重ねた

愛だとか、恋だとか
例えば悲しい物語だとしても
確かに其れは
僕のためだけに書かれた小説だった

夏のうた|詩

夏のうた|詩

「夏のうた」

蝉の声を貼りつけた空が
寂しいさみしいと鳴いていた

誰よりも激しい太陽は
薄化粧の山で君をさがしている

吐きそうなほどの我が儘と
狂いそうなほどの愛おしさが
泳ぎを忘れた人魚みたいに
白の砂浜にうちあげられていた

聴こえない、
いちばん逢いたいひとに
この夏を届けたいと海鳥はうたう

風にとける|詩

風にとける|詩

「風にとける」

透明の言の葉をふた指つまんで
青い風に透かし瞳をとじる
聴こえてくるのは何時かの鈴の音
真暗な峠に灯ったあかり

沈んだ夕陽の代わりの文字に
旅雨たゆたう君の心音
いつかのボクだと細めた声を
背中で拾うて眉間で哭いた

もうすぐ夏がやってくる
庭先わすれた風鈴が
今年も君の名を呼び続けている