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書評(歴史本を中心に)

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読書記録。歴史本が中心ですが、それ以外が入ることも。日本史世界史ごちゃ混ぜです。
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【書評】今谷明「中世奇人列伝」(草思社文庫)

【書評】今谷明「中世奇人列伝」(草思社文庫)

「奇人」というと、「変わった人、おかしな人」を思い浮かべるかもしれません。しかし、古い用法では「優れた人、他人とは違うものを持った人」という褒め言葉の要素もありました。

 例えば、江戸時代の寛政年間に活躍した林子平・高山彦九郎・蒲生君平は、「寛政の三奇人」と称されています。

「中世奇人列伝」は、日本中世史家の今谷明氏による6人の人物の評伝です。将軍となった足利義稙以外は、教科書に登場することも

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イプセン「民衆の敵」に込められた洞察

イプセン「民衆の敵」に込められた洞察

 ノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセン(1828~1906)は、女性の解放をテーマとした「人形の家」などで知られています。社会に対する鋭い批判が特徴で、「民衆の敵」も彼の代表作です。

「民衆の敵」の舞台はノルウェーの田舎町で、温泉施設で町おこしをする計画が進んでいます。

 主人公はトマス・ストックマンという医師。温泉施設の専属医で、兄は村長です。

 医師で科学者でもあるストックマンは、温泉

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【書評】小川原正道「西郷従道」(中公新書)

【書評】小川原正道「西郷従道」(中公新書)

 先日、自民党の総裁選が行われ、新しい総裁(つまり新首相)が選ばれました。史上最多となる9人の候補が立ち、各陣営の悲喜こもごもが報道されています。これを見ると、「政治家はみな、多かれ少なかれ総理を夢見ているのだなあ」と感じます。

 しかし、総理大臣になろうと思えばなれる立場にありながら、固辞し続けた人もいます。その一人が、西郷隆盛の実弟で明治時代の元老・西郷従道(さいごうつぐみち/じゅうどう)で

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【書評】六反田豊「一冊でわかる韓国史」(河出書房新社)

【書評】六反田豊「一冊でわかる韓国史」(河出書房新社)

 日本の隣国、韓国(朝鮮)の歴史については、義務教育である中学の歴史教科書にも触れられています。

 古代には新羅・百済・高句麗が成立し、新羅が統一。その後、王朝は高麗、朝鮮王朝となりますが、近代には日本の植民地支配を受けます。日本の支配から解放されてからは、南北に分断されて激動の歴史をたどります。

 しかし、高校レベルの日本史や世界史では、朝鮮史についてあまり深く学ぶことはありません。

 筆

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【書評】梅原郁「文天祥」(ちくま学芸文庫)

【書評】梅原郁「文天祥」(ちくま学芸文庫)

 チンギス=ハンが建国モンゴル帝国は、ユーラシア大陸の広大な地域を征服しました。5代フビライ=ハンは国号を中国風に「元」と改め、2度にわたって日本を攻めたことで有名です。

 2度の日本襲来(文永の役・弘安の役)の間にあたる1279年、元は中国の南側を支配していた南宋を滅ぼしました。

 本書は、その南宋に仕え、国の滅亡に殉じた忠臣・文天祥の生涯を扱っています。

 文天祥は、1256年に科挙に首

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【書評】平山優「武田氏滅亡」(角川選書)

【書評】平山優「武田氏滅亡」(角川選書)

 武田信玄(晴信)といえば、最も人気の高い戦国大名の一人です。「最強の戦国武将」系のアンケートでは必ず上位に来るといってもいいでしょう。

 しかし、信玄の死(1573年)からわずか10年足らずで、後継者の武田勝頼は織田信長によって滅ぼされます。

 「最強」だったはずの武田氏は、なぜあっけなく滅亡したのか。本書は、勝頼の家督継承から滅亡までを丹念に描いた700ページ超の労作です。

 父・信玄の

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【書評】岡真理「ガザに地下鉄が走る日」(みすず書房)

【書評】岡真理「ガザに地下鉄が走る日」(みすず書房)

 2023年10月7日、ハマスがイスラエルに大規模なテロ攻撃を行いました。これをきっかけとして、ガザ地区へのイスラエルの攻撃が始まり、現在も人道危機が続いています。

 なぜ、ハマスはイスラエルの報復があると知りながら残忍なテロ攻撃を実行したのか。そもそも、なぜパレスチナ問題は解決しないのか。

 この疑問へのヒントとなるかもしれない書物が、この「ガザに地下鉄が走る日」です。

 日本での報道を見

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【書評】ラス・カサス「インディアスの破壊についての簡潔な報告」(岩波文庫)

【書評】ラス・カサス「インディアスの破壊についての簡潔な報告」(岩波文庫)

 先月、Mrs.GREEN APPLEの新曲「コロンブス」のMVがyoutubeで公開され、激しい批判を受けました。

 曲はよかったのですが、問題は動画でした。メンバーが西洋の偉人に扮し、類人猿に色々なことを教える…という内容が「人種差別的ではないか」と批判されたのです。
 
 このMVが不適切だったのは、「コロンブスのアメリカ大陸到達」の歴史的評価の変化にあります。新しい時代を切り開いた航海者

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【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

【書評】藤えりか「ナパーム弾の少女 五〇年の物語」(講談社)

 ベトナム戦争中の1972年、ある写真が撮影されました。「戦争の恐怖」と題された一連の写真ですが、ナパーム弾で服を焼かれ、大火傷を負った少女の写真が突出して有名です。

 罪のない子供に犠牲を強いる戦場の現実を伝えたこの写真は、世界に衝撃を与えました。ベトナムでの苦戦に加え、世界的に反戦運動が広がったことで、アメリカはベトナムから撤退することになります。

 歴史を変えた写真といえますが、写真の詳

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【書評】金子拓「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」(中公新書)

【書評】金子拓「長篠合戦 鉄砲戦の虚像と実像」(中公新書)

 天正3年(1575)に起きた長篠の戦いでは、織田信長・徳川家康の連合軍が武田勝頼を撃破しました。
 教科書に載る「長篠合戦図屏風」には、織田・徳川連合軍の馬防柵と鉄砲隊の活躍が描かれています。いわゆる「三段撃ち」が後世の創作ということは一般にも知られてきましたが、「織田信長が鉄砲を活用した戦い」という認識が普通でしょう。

 昨年発行されたばかりの本書は、これまでの長篠合戦の研究をコンパクトにま

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【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

【書評】ロバート・ダーントン「猫の大虐殺」(岩波現代文庫)

「猫の大虐殺」というインパクト絶大なタイトルが目を引きます。残念ながら品切れですが、ある古書店でタイトルが気になり、手に取りました。

 この本は、社会史のジャンルに入ります。国王や大統領が何を言ったか、という政治史の記録は残りやすいですが、一般庶民が何を考えながら日常生活を送っていたのかは、なかなか記録に残りません。

 本書では、農民が伝承した民話などの限られた史料から、18世紀フランスの庶民

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文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

文学からパレスチナ問題を知る④~「ハイファに戻って」

前回はこちら。

 パレスチナを代表する作家ガッサーン・カナファーニーを紹介する本連載は、今回が最後です。最終回は、1969年発表の「ハイファに戻って」を取り上げます。
 作品を紹介する前に、前提となる知識を説明しておきましょう。

「ハイファに戻って」の背景知識 ハイファは、現在のイスラエル北部、地中海に面する港町です。アラブ人(パレスチナ人)の土地でしたが、1948年にイスラエル領となりました

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【書評】松尾謙次『日蓮』(中公新書)

【書評】松尾謙次『日蓮』(中公新書)

 日本史の教科書の鎌倉時代の章では、新しい仏教の開祖と宗派に字数が割かれています。
 法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗、道元の曹洞宗、栄西の臨済宗、日蓮の日蓮宗(法華宗)……という組み合わせを嫌々暗記した人も多いと思います。

日蓮の激しい他宗批判 その中でも、日蓮はかなり強烈な個性を放っています。日蓮は、法華経こそ仏の最上の教えであるとし、「南無妙法蓮華経」の題目を唱えれば救われると説き

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文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

文学からパレスチナ問題を知る③~「太陽の男たち」

前回はこちらです。

 1963年発表の「太陽の男たち」は、現代アラブ文学を代表する傑作として高く評価されています。

パレスチナとクウェート「太陽の男たち」は、イラク南部の都市バスラから、クウェートへの密入国を試みる三人の男たちの物語です。

 イギリスの植民地であったクウェート(1961年独立)は、真珠の生産が主力産業でした。しかし、御木本幸吉が真珠の養殖に成功するとクウェートの経済は打撃を受

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