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#日記

短編小説『時代遅れ』

短編小説『時代遅れ』

結婚式の司会の仕事をしている方に聞いたが、近頃は新郎新婦の馴れ初めが「マッチングアプリ」ということが実に多いらしい。41歳の私は「マッチングアプリ」といえば、何やらいかがわしいものと思ってしまうが、10歳も下になると、もっとカジュアルに捉えているものらしい。そのうち、人と人がお付き合いをするためには、いきなり直接話しをすることのほうが「はしたない」と言われるような時代が来るのかもしれない。


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シルクの海

シルクの海

キャンドルを焚いた。ゆらめく小さな炎と染み込んだアロマの香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
開け放たれた窓から吹き込む優しい風に揺れるハンモックを素通りしてベッドに倒れ込む。
薄暗い部屋はさんざ強い光を浴びた瞳をぼんやりと緩めていく。
柔らかいマットレスに沈み込む。深く、深く。
どこまでも、深く。

夢を見た。変な夢だった。
私は随分と大人になっていて、それで今よりもずっと軽い身体だった。
明け方の道

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ブルーベリー・カクテル

ブルーベリー・カクテル

オーナーは、たった一度だけ僕を褒めた。

今の仕事をする前。

20歳から39歳まで、僕の仕事はバーテンダーだった。

約20年の飲食業生活の大半を、熊本市は銀杏通りの[zi:]と言う店で過ごした。

35年以上の歴史を誇るその店は、今でも同じ場所にある。

とんでもない博識で見た目が成田三樹夫なオーナー。

調理担当なのに実は酒の知識と技術が界隈でもトップクラスな上、謎の金髪坊主な店長。

接客

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揺らしたい

揺らしたい

はじめてのデートは泊まりだった。

友達に、「絶対やめた方がいい。おかしいよ」と言われた。

でも、私は行くことにした。

それまで友達関係だった彼には、一度告白して振られていた。
それでも、諦めきれずにいた。

振られた後も、どうしても彼の言動を目で追ってしまう私の姿を、友達は「痛々しくて見てられない」と言っていた。

そんな日々を送っているなか突然、彼の方から「付き合ってくれませんか?」と言わ

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散文 夏色に乞う

散文 夏色に乞う

進行方向に向かって座ったまま何キロで進んでいるかも分からないで、目的地に行こうとする。そんな私と同じようにスマホをいじるだけの乗客もみな、いつの間にか半袖に衣替えをしていた。

世界には黒と白しかないのかと思うぐらい彼らの服装は無彩色であった。色があるのは私だけなのか。多数に流される方がきっと楽だ。でも、私は色が好きだ。夏の毒々しいほどの名前の知らない赤い花とか、遊びに行くからと玄関に投げ捨てられ

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おとなのわるだくみ

おとなのわるだくみ

「甘いものを頼もうと思うんだけど、」と言われて、バッと視線を上げた。

甘いものを頼む!
そんなことが許されていいのだろうか!



友だちの部屋を訪れたとき、「今日は甘いものないんだよね〜」と言われた。
べつに構わない、と思った。
そりゃあ、あなたと食べる甘いものは魅力的だけど、そのために来ているわけではない。
玄関が開いて、「おつかれ」とか「ただいま」とか言った瞬間に、わたしはもう満足してい

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僕の人魚

僕の人魚

『二人とも、結婚不適合者だと思うの。だけどいま、私たちはある意味において、結婚をする。人と人魚が結婚したいと願うようなものよ。お伽話では上手くいかなかったけれど、それを乗り越える覚悟ができているのかしら。お互いに、一度は失敗しているのだから。』

これは、彼女流の例え話で、僕たちは結婚するわけではない。だけど、もしかしたらそれよりももっと難しく、脆い関係性を築こうとしているのかもしれない。何の法的

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