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ボツネタ御曝台【エピタフ】混沌こそがアタイラの墓碑銘なんで#035



元歌 米津玄師「パプリカ」

パプリカ 花が咲いたら
晴れた空に種を蒔こう
ハレルヤ 夢を描いたなら
心遊ばせあなたにとどけ


肉球の ニオイ嗅いだら
フローリングの上で転がろう
お尻を なめていたんだから
キスはおあずけ時間をおいて





アパートでは猫が飼えないということで、アタイラはまたアジトに戻ることになりました

無理をいってアパート暮らしを始めたと思ったら、またすぐに引っ越しをするはめになってしまったのです

「イイのか? 本当に?」と先輩が訊いたら

「あっ、はい、前々回も似たようなことを訊かれましたけど、答えは全く同じなので、そん時の記事をコピペしといてください」とK君が答えてしまったので

「まったく……そういうとこだぞ! お前!」と先輩に怒られていました

……

アパートからは電気こたつだけを持っていくことになりました

こたつでウトウトとする時の、あの心地良さだけは絶対に手放したくなかったからです

それに、猫だってこたつがあった方がイイに決まっていますし……

そんなわけで、リビングのガラステーブルは運び出され、かわりに電気こたつが置かれたのでした




まず、肉球のニオイを嗅ぎます

そして、気を失うように床に倒れます

イサオがこちらを見ていることを確認したら、そのまま床を転がります

さらに転がり続けると、イサオは目をまん丸くしながら首をゆすり始めます

やがて、興奮が頂点に達したイサオは戦闘態勢に入ります

背中を丸め「お? やんのか? お? やんのか?」と〈やんのかステップ〉を踏みながら、アタイの周辺を回り始めます

アタイは「すきあり!」と叫びながらイサオに向けてつま先を突き出します

いわゆる、アリキックというやつです

しかし、イサオは華麗なバックステップで間一髪それをよけてしまいます

そして、モハメド・アリのように、また猪木(アタイ)の周りを蝶のように舞い始めるのです

ソファに寝ころびながら煎餅を食べている先輩が「世紀の茶番劇だな」といいますが無視します

いいたい奴にはいわせとけばイイのです

そうこうしてるうちに、興奮しすぎたイサオがダイニングテーブルの脚にゴツンッ! と頭をぶつけてしまいます

結構デカい音です

「イサオ大丈夫か!」と叫びながらアタイは駆けよります

そして、イサオを仰向けにすると「ヌハハハハハー! だまされたな~!」といいながら、小さくて柔らかいお腹に顔をうずめ抑え込みに入ります

「先輩! カウント! カウント!」

先輩はイサオの横にサッとスライディングすると、肩がチャンと床についているか確認します

「ワン! ツー! スリー!」

うおおおおーーー!!!!

勝利したアタイの腕を先輩が高々と掲げます

そして、そのままフリーズショットのように停止すると『週刊ゴング』の表紙みたいになるのです

最近はそんな日々です

……

……

最初からそんな状態だったわけではありません

イサオと一緒にアジトに戻ってからしばらくのあいだ、アタイの精神状態は安定しませんでした

幸せか? と訊かれたら、もちろん幸せだ! と答えたでしょう

でも、もう辛くないね! といわれると、んー、やっぱり辛かったのです

イサオが昏睡状態の時は、いつ消えてなくなるかと毎日が辛かったのですが

今のような元気に飛び回る子猫になったらなったで、これもまた心配で心配で辛いのです

……

アジトに戻ってから数日後、イサオが行方不明になってしまうという事件が起きました

どこを探しても見つからず、最悪の事態を想像してしまったアタイは、体が震えるような恐怖を感じました

結局イサオは、テレビラックとビデオデッキの隙間で寝ていただけだったのですが……

……

この一件がトラウマとなってしまったアタイは、それ以降、イサオのことを病的なまでに心配するようになってしまいました

部屋の窓が少しでも開いていたら、イサオが外に出て行ってしまったのではないかと、すぐに大声で名前を呼び、血眼になって探し回ったり

そういえば、浴槽のフタってちゃんと閉めたっけ!? と夜中にガバッと起き上がり、走って風呂場に確認に行ったりと

とにかく、最悪の事態を想像しては勝手に苦しんでいたのです

不幸であれば辛いといい、幸福であれば、その幸せがある日突然崩れ去るかもしれないと、取り越し苦労をしながら勝手に苦しんでいる

人生というものは、幸福だろうが不幸だろうが、結局は辛いものなのではないか……そんな風に思っていました

わかっています

人生の辛さへの処方箋は、この辛い人生を苦しみながらも生き抜いてやるぞ! という覚悟以外には無いということを……

わかってはいるのです

でも……でも、やっぱり辛いのは嫌なのです……

出来れば、心穏やかに楽をして生きたいのです……





その日、先輩が物凄い勢いで階段を駆け上がってきました

顔が真っ青です

「イサオが! イサオが動かない!」

アタイは、先輩を弾き飛ばすように階段を駆け下りました

何なんだよ、何なんだ何なんだ何なんだ

これは何かの罰なのか?

アタイが一体何をしたっていうんだ?!

確かに色んなことをやってきた

ここに書けないようなこともたくさんやってきた

でも、一度も警察の御厄介にはなっていない

アタイには幸せになる資格が無いのか?!

心穏やかに暮らせる日は永遠にやって来ないのか?!

ひどい! あまりにもひどすぎるじゃねえーか!

……

……






こたつ布団を上げるとイサオが横たわっていました

跪くと、自分の膝がガタガタと震えているのがわかりました

アタイは、息を止めながらイサオの体をそっと撫でてみました

こたつの中だからでしょうか? 体はまだ温かいようです

イサオ……イサオ……

こたつから出してあげようと、アタイはイサオの体を持ち上げようとしました

その瞬間、キュ~といいながらイサオが背伸びをしました

フワァーーーー!!!!!

アタイは、そのまま後ろに倒れ、大の字になりました

イサオは、こたつがあまりにも気持ち良すぎたため、仮死状態のように眠り込んでいたのです

……

アタイと先輩は、立ち上がって万歳三唱を始めました

そして、それを何回も何回も繰り返しました

その様子をイサオは眠そうな目でジッと見ていました

  


   春炬燵 生きておるかと 猫をなで



この出来事が、ショック療法のようにアタイを救ってくれました

確かに勘違いだったかもしれない

確かに勘違いでした……でも

あの瞬間、アタイは確かにイサオの死を見てしまったのです

そう、イサオの死を体験してしまったのです

限度を超えてしまったからでしょうか

アタイの心の中でつっかえていた何かが、ストンと落ちるように消えて無くなったのです

そして、その心の隙間に得体の知れない覚悟のようなものが入り込んできました

それは、あまりにも強力で、思わず身震いしてしまうほどでした

イサオの死に触れたあの瞬間

恐怖と悲しみに震える心の奥底から、張り詰めた水のような覚悟が静かに湧き上がってきたのです

死んでしまった……だから何だ?

生きていた……だから何だというのか?

アタイは生きてやる

死者と共に生きるのだ

生者と同じように、死者とも共に生きるのだ

イサオが生きていようが死んでいようが、共に生きてやるのだ

……

そんな覚悟が芽生えてからは、何だか毎日が楽しくなってきました

心配が無くなったわけではありません

心配は心配なのですが、前とは明らかに違うのです

イサオの身に何かがあったとしても、アタイの心には静かな覚悟が宿っています

万が一、死んでしまったとしても「あいつは幸せな生涯を送った、そして今も幸せだ」と胸を張っていえる自信があるのです

これ以外に何が必要だというのでしょう?

アタイにとって、これ以上の幸福がほかにあるでしょうか?





万歳三唱をやり過ぎたせいで、明日は腕が上がらなくなっているんじゃないかとアタイラは心配していました

けれど、腕はチャンと上がりました

そのかわり、声が出なくなりました、二人とも……

「バンザーイ! バンザーイ!」と信じられないくらいの大声で繰り返したせいで、声が全く出なくなってしまったのです

それでも、二週間くらいするとハスキーボイスではありましたが、何とか声が出るようになりました

アタイラ二人が同時にハスキーボイスになることなんて、もう二度と無いでしょう

このチャンスを逃すなんて、マジでありえないっしょ!

ということで、アタイラはイサオをピクニックバスケットに入れると、カラオケボックスへと向かいました

アタイラは、ハスキーボイスでカラオケを歌いまくりました

葛城ユキの『ボヘミアン』と、もんた&ブラザーズの『ダンシング・オールナイト』と、中村あゆみの『恥骨の折れたエンジェル』をローテーションで何度も何度も歌いました

当たり前ですが、イサオはアタイラの歌に全く興味が無いらしく、ワイングラスに刺さったポッキーにネコパンチをくらわしていました

……

後半は二人して泣きながら歌いました

「もういい加減やめよう」って、お願いだからいってくれよ! とお互いに思いながら延々と歌い続けました

そんな無理をしたせいなのでしょう、アタイラはまた二週間ほど声が出なくなってしまいました

イサオは、すこぶる元気です





今でもアタイラは俳句を続けています

相変わらず先輩は、俳句なのか川柳なのか詩わからない作品を作り続けています

でも、先輩の句は、アタイの作品なんかより全然面白いのです

何といえばイイのか、先輩の作品には魂のようなものが宿っているみたいなのです

だから、魂の無さをテクニックでごまかしているアタイの句なんかとは格が違うのです

……

みんなはアタイラのことを狂っているといいます

でも、アタイラから見たら、狂っているのは世界の方です

アタイラがたまたま少数派なだけです

暮居カズヤス的ないい方をすると「見解の相違」というやつです

……

でも、もし世界が完璧だったら、人は何のために生きているのでしょう?

もしも、世界が完成品だったら、アタイラは生きているといえるのでしょうか?

……

……

アタイラは色んなものによって創られました

漫画に創られ、テレビに創られ、小説に創られました

映画に創られ、アニメに創られ、音楽に創られました……あっ、それからラジオも

そんな色々なものによって創られたアタイラが、今、何かを創り出そうとしています

創られたものから創るものへと……

ルールも知らず、漢字も間違えているし、とんでもなく下手くそです

それでもアタイラは創り続けます

そう、創られたものから創るものへと……です

アタイラが創り出した、下手くそで取るに足らない作品も、その一部が粒子となり宇宙のクズのように漂いながら誰かの心に入り込むかも知れません

創られたものから創るものとなったアタイラが創り出したものが、もしかしたら誰かの創作の一助になるかも知れないのです

創られたものから創るものへとなったものが創り出したものが、また創るものへと……

そう、創られたものから創るものへと……

創るものが創ったものが、さらに創るものへと……です

その営みは歴史となり、時間が流れ始めます

そして、世界は本当の意味で動き始めるのです

……

先輩とアタイは、そんな生きた世界を眺めます

……

アタイラを創り出したものたちよ、ありがとう

アタイラを育み愛してくれものたちよ、ありがとう

アタイラを傷つけ苦しめたものたちよ、ありがとう

……

アタイラは、満足そうに微笑みながらお互いに目配せをします

そしてアタイラは、混沌という文字が刻まれた墓石の下で眠りにつくのです

……

世界よ、マジでありがとう

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