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白い楓

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二人の殺し屋がトラブルに巻き込まれて奔走する話です。そのうち有料にする予定なので、無料のうちにどうぞ。。。
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#ミステリ

香山のエンディング「冥界」

 明は私の薬物依存を放っておけないと言ってついてきた。監視によって薬が絶たれた私は、一貴山への道中何度か幻覚を見て、その度に明に助けられて、胸を打たれた。宅に着いても明は涙を止めるのにしばらくの時間を要したし、私は彼が予想に反して自分への思い入れを深くしていたことを知り、彼に寄り添う気持ちがなかったのは自分自身であったことを思い知った。初めて体験する明の涕泣でショックから立ち直れなかった。私達二人

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明の9 「真夏の夜の匂いがする」(25)(和訳付き)

 博多口を出ようとした。
 出られなかった。気がつくと私は踵を返していた。間反対の、元いた筑紫口に向かっている。お宮が私を引き留めようとしたが、私は無視して肩をつかむ力を強めた。
 何かの判断を強いられたのだ。恐怖ではない、別の想念じみたものが私を動かしていた。踵を返したのは、誰もが経験するであろう無意識に組まれた考えの連なりからなる決断だった。歩きながら、私は自分の思考を見直した。
 私は次にと

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明の10「茜さす 帰路照らされど…」(26)

 貫一の狙いを見透かした私は、裏をかくためにお宮の同伴という貫一の要求を無視することにした。ハチロクの中に、お宮と残っていた。私は一人、博多口付近で、二人の出現を待つ貫一を見つけ、iPhoneを介して香山と会話をさせる手はずである。香山は筑紫口のロータリーにハチロクを停車し、私からの電話を待っている。
 動悸と眩暈を感じ、私は心底貫一との対面を望み、同時にそれを否定していることを認めた。再び筑紫口

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明の11「シドと白昼夢」(27)

 今一度私はAirpodsの位置情報を確認した。Airpodsは、マクドナルドの下にある。姿を視認すれば切りかかれるように、ホルスターのナイフに手をかけた。そして、整列する掲示板によっかかっている貫一を見つけた。ナイフに殺意を注入するところであったのに、私はそれができないことを悟った。気づけば、私は柄から手を離し、しきりに雑踏の中に貫一を探すかのようにあたりを見渡している。また、私は彼を視認して、

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香山の17「ここでキスして。Ⅱ」(35)

「『どうして泣いているんだい』
 俺は分かっていた。でも、違うと願いながら尋ねた。
『あんたのせいやろ、嘘ついて、お客さん入れて、あたしどんだけ暴言吐かれながらやったと思いようと? 何で、あたしだって自分がかわいいなんて思い上がっとらんし、周りの人の反応を見ればどげん風にみんながあたしに腹の中で評価を下してるかぐらい、見透かしとう。あたしせめて会話ぐらいは一流にしようと、頑張りよったんに。大体から

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香山の18「ここでキスして。Ⅲ」(36)

「私は田舎で生まれてね。田舎って、セックスぐらいしか楽しみがなくてさ。中学校でもう勉強とか、通うのとか嫌になっちゃって、高校へは行かなかった。でも、どうにかして高卒の資格は欲しかったから、通信制の学校を選んで都会に来た。一年に何回かしか学校に行かなくていいし、誰だって卒業できるしね。すると、色々楽しいものね。大体クラブに行けばその日の終電が無くなってもホテル代を出してくれる男が現れる。たった一晩、

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香山の19 「ここでキスして。Ⅳ」 (37)

「冥土産の、冥土の土産よ。自分の身を守るためにそのコルトガバメントがあるんでしょうに。このまま苦痛に耐えられると思って? 悔い改めても無駄だからね。人を殺して利潤を創出して、そんな人間に幸せになる権利はないわ。もうあなたは限界よ。早く死んだ方が無難だわ、そうね、あなたの言葉を借りれば、『合理的』よ。思い出して、あなたが見た死は、美しい観念のはずよ……」
 彼女は私の左側に座っているはずなのに、右耳

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香山の20 「同じ夜」 (38)

 私達は例の貸倉庫へ戻った。再びお宮を縛り付け、これからどうするのかを考えるのだ。車を停め、鍵を引き抜いた。引き抜いたその鍵を握り、私はしばらく何もせずに座っていた。
 考えようとしても、何も考えることができない。私は、ただひたすらに黙り、明もそうしていた。明には明なりに何かがあったのだろうと思うが、そこで思考の道は途切れた。続いて、タコメーターが目に入った。クラッチをつなぐとき、これを目にするよ

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香山の21「君が思い出になる前に」(39)

「……間抜けみたいな、空のペットボトルをぶっ叩いたみたいな喋り方をしなさんな。お前は狂気を持っていない。社会から外れてそれでも笑うのは、狂気の沙汰なのだ。すなわち、あんたはここにいることが可能でない人間だ。しかし俺も馬鹿ではない。俺の次の質問に納得する受け答えができたなら俺の過誤を認めよう。なんの間違いで請負殺人をはじめようなんて大それた計画を企てた」
「効率がいい」
「それは、本の、音かね」

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香山の23「ナナへの気持ち」(41)

「お疲れ、何か食べるかい」
「いいの」
「お前、あの店のラーメンが好きだったろう。俺も好きなんだ。あそこに行こうか」
「うん」
 息子はきっと、父親の傲慢に腹を立てる日々で感じる、ふとしたそんな優しさと自分の犯した過ちを同時に認識し、泣きながら告白したのかもしれない。いいや、人間はそんなに綺麗ではない。少年院や学校での立ち回りを怖れ、それとなくぼやかして告白したのかもしれない。少年にとっては、父親

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香山の24「魔法のコトバ」(42)

 宝くじで千円当たったり、新しく交際相手が見つかって幸福を感じても、そのたびにその、殺された家族が私の前に現れては、「いい気になるんじゃないよ」と口をそろえて言うのだ。ちょうど先ほどのKのように。
 人類がいがみ合うすべての諸悪の原因が自分であるかのように思えた。私がこんな仕事をしなければ、こんな汚い人間でなければ、とそのたびに自分への嫌悪を烈火へ注ぎ込んだ。
 仕事を終えた自分を思い出し、自分の

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香山の25「丸の内サディスティック」(43)

「生きがいは、人生の価値を決めるとでも言うのかい。死にたいとでも言うつもりかい」
 こう言う自分は一体どんな面構えでいたのだろうか。恥というものを知らぬ人間に成り下がったのか。
「申し訳ないがそんな観念はちっとも浮かばんね」
「お前は生きがいを失ってまで生にすがりついて、それでも生の意味があると言う。生とはなんだ」
「人生への呪詛を捨てないことだ。呪いが生に意味を、美貌を与える」
 明が扉へ歩き出

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香山の26「ファニーゲーム U.S.A」(44)

 私は明を、彼の家の近くだという姪浜駅まで送っていくことにした。ロイヤルホストを過ぎて、あと少しで駅に着く、というところで私は、明に胸の内を明かした。
「きいてくれないか」
「みすみすお宮を逃がしておいて、どうした」
「……罪悪感で弾けそうに苦しい」
「そりゃ俺とは縁のない感情だね。どうも生来罪悪感を知らない人間らしいんだ、俺は」
 そう言われて返す言葉のなくなった私は、彼と自分の相違を思い出した

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香山の27「カーネル・パニックⅠ」(45)

 姪浜駅のロータリーに車を乗り入れ、私は明に別れを告げたが、彼はその挨拶に沈黙で答え、助手席にとどまった。そして長いこと口を閉じたあとでその胸の内をさらけ出した。
「香山、お前はやはり変だ」
「何が言いたいのか」
「自由がどうのこうの、と話しただろう」
「そうだとすれば、それがどうして変になるのかね」
「どうして、ときたか」
 明が怪訝な顔をして、手の施しようがない、というようにそっぽを向いた。

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